IN THE RAIN
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 「…………うわぁぁぁっ!」
 世にも恐ろしい夢を見て飛び起きたとき、部屋はまだ夜明け前の薄暗がりに沈んでいた。
 ぜえぜえと激しく息をついてしばし固まったあと、俺はあたりを見回してから目覚まし時計を確認した。
時計の針が示している時間はまだ、午前5時前。
「ゆ、夢か……」
 額の汗をぬぐいながら、そうつぶやく。が、次の瞬間、俺はあわててパジャマ代わりのスェットのズボンの中をのぞき、絶望した。
ヤバイ。何がヤバいって、下着が説明したくもない事態になっているのがヤバイ。
 しばしそのまま落ち込んでいたが、それでこの事態が解決するわけじゃない。
せめて被害が最小限ですむように、俺は階下へと降りていった。
 家族を起こさないようそっと下着を替え、汚れたそれをざっと洗って洗濯カゴの底の方に押し込む。
まったく、こんなの中学のとき以来だぜ、情けない。
 しかも腹がたつのは、夢に出演して俺をこんな事態に陥らせたのが、男だという事実だ。さらにそれが知り合い……というか、もはや最も親しい友人の範疇に入れていいはずの相手だったから、もう最悪としか言いようがない。
(――覚えてろ古泉……っ!)
 夢に出てきた相手に理不尽な怒りをぶつけてから、俺はまた足音を立てないように自室に戻り、
次に見るなら絶対朝比奈さん朝比奈さん、と唱えてから布団をかぶって目を閉じた。
 これで次の夢に、マイエンジェル・朝比奈さんがご出演あそばされて今の夢を上書きしてくださっていれば万々歳だったのだが……。
 あろうことか、現れたのはさっきまで見ていた夢の続きだった。
 背後から抱きしめる腕の感触、背中のあたたかさ。そして耳元に感じる熱い息までがリアルによみがえり、ささやく声まで聞こえる気がする。
後ろからまわされた手が、俺の……えーと、アレをしごく感覚がよみがえって、また腰の奥あたりががむずむずと疼き出す。
(――なんなんだ、このリアルな夢はーっ! 散れ! 散ってくれ!)
 打ち消しても打ち消しても、夢の記憶はよみがえる。俺は頭まで布団をかぶって、ばたばたと寝返りを繰り返した。
恥ずかしさと自己嫌悪で死にそうだ。



 正直に言えば、それは夢というにはあまりに現実味にあふれていた。
 夢の中の日付が、1ヶ月ほど前に古泉が熱を出して倒れ、看病のために泊り込んだ日だということもわかる。1度しか行ったことがないはずの古泉の部屋の間取りや、かわされた会話までほぼ正確に再現されているのには、自分の記憶力をほめたいくらいだ。
だが夢の中で展開されたのは、俺がすっかり寝込んじまったはずの夕食後の出来事であり、そこがまったく腑に落ちない。
 たしかにあの日の記憶は、途中からどうにも曖昧になっている。いつどの段階で自分が寝たか覚えていないし、朝起きたときに履いていたイージーパンツに着替えた記憶もない。
古泉がやけにニコニコと上機嫌だったのをいぶかしく思った覚えはあるが、ヤツのにやけ笑顔は常態なのであまり気にしていなかった。

 さて、そんなこんなで寝不足気味な俺が、それでも土曜日の朝9時なんて時間に駅前にむかっているのは、SOS団恒例の市内不思議探しがあるからだ。いつもの待ち合わせ場所に急ぎつつ、俺は大あくびをかました。
 二度寝しても、夢の記憶は鮮やかになるばかりで一向に薄れない。
普通は夢なんて、起きて数分もしないうちに、印象だけ残して消えていくものじゃないか? 
おかげで二度寝は寝たり起きたりの繰り返しで、寝覚めが悪いことこの上ない。
天気も悪いし、このまま回れ右をして自宅に帰りたいぜ、なんて思ってるうちに、待ち合わせ場所で仁王立ちして待ち構えるハルヒの姿が見えてきた。
もちろん今日も、俺はビリのようだな。
「遅いっ! 遅いわよキョン! 団長を待たせるなんて、200万年くらい早いわっ!」
 お前は俺に何年生きろっていうんだ。何かに進化するぞ、そんなに生息したら。
「はいはい、悪かった悪かった」
「反省の色がないわね。今日もキョンのおごり決定!」
 もう最近は、言われなくてもそのつもりでいる自分が悲しい。
肩を落としてため息をつくと、ハルヒの横に立っていた古泉が音もなく近づいてきた。今日もトラッドな服装をさりげなく着こなしやがって、嫌味なほどきまっている。
「おはようございます。……どうされました? 元気がないですね」
 耳元でささやかれ、一瞬夢の記憶と重なって飛び離れる。それがよっぽど不自然な行動だったらしく、ハルヒが不審そうに首をかしげた。
「何やってんのよあんた」
「いや、なんでもない。なんでもないぞ」
 必死に平静を装って否定すると、ハルヒはしばらく思いっきり眉をすがめて、俺を凝視していた。
だがすぐに気をかえたらしく、くるりと背を向けて歩き出す。
「まぁいいわ。さっそく班分けするわよ!」
 やれやれ、助かった。
 と、思ったのもつかの間のこと。いつもの喫茶店で行ったくじ引きによる公正な班分けの結果、最悪なことに俺は古泉と2人組になってしまった。
また男女に分かれただけね、しょうがないわ、なんぞといいながらも、ハルヒは上機嫌で朝比奈さんと長門をひっぱって、商店街の方へと駆けていく。
転ぶぞ、あんな勢いじゃ。せめて朝比奈さんを巻き込むなよ。長門はそんなドジは踏むまいから心配ないが。
「涼宮さんはよっぽど、女性3人でのショッピングがお気に召したようですね」
 女子組の後姿を微笑ましげに見送りながら、古泉がのんきに言った。
俺はマフラーを巻きなおして、何も言わずにハルヒたちとは逆方向に歩き出す。
古泉があわてて追ってくる気配がした。
「……本当にどうしたんですか。ご機嫌ナナメですね?」
 追いついて隣に並んでから、古泉が覗き込むようにしながら尋ねてくる。相変わらず顔が近いな。夢を思い出すから、あんまり近づかないで欲しい。
思わず目をそらすと、古泉の表情が少し曇った。たぶん、俺にしかわからないくらい、わずかに。
「僕がなにか、お気にさわることでもしましたか?」
「夢見が悪くて眠いだけだ、気にするな」
 すまん、生身のお前に罪はないんだ。文句は俺のおかしい脳にいってくれ。
 俺は心の中で謝りながら、すたすたと先を急ぐ。と言っても別に目的地があるわけでもないから、川沿いの道をなんとなく歩き続けた。
 おそらく今にも雨か雪が降りそうな曇天のせいで、人通りは少ない。古泉はあきらめたのか、俺の数メートル後ろを、黙ってついてくる。
ときどき強く吹き付ける冷たい風に首をすくめて、俺は黙々と川辺を歩いた。
 ふいに、突風が巻き起こった。風にあおられたマフラーが俺の視界をふさぐのと、危ない! という古泉の声が聞こえるのが同時だった。
自転車のブレーキ音が耳に届いた時には、つま先ギリギリを通って走りぬけていった自転車が遠ざかっていくのを見つめていた。
すいません、という自転車の主の声が耳に残っていた。
「大丈夫ですか?」
 はっと我に返ると、古泉に背後から抱きしめられているような姿勢だった。ちょうど耳元あたりから、声が聞こえる。
いきなり夢の情景が、感触つきで脳裏に生々しくよみがえって、俺は思い切りうろたえてしまった。カッと顔が熱くなって、頭に血が上る。
「……は、離せっ!」
「えっ……あ、あぶな……!」
 思わず、古泉の手を勢いよく振りほどく。その拍子に、足がもつれてよろけてしまった。
間の悪いことにそこは川辺の淵ギリギリで、ずるっと足元がすべった感触の次に来たのは天地がひっくりかえったような衝撃と冷たさだった。
 バシャーンという激しい水音が、まだ春遠き冬空に響き渡った。



『はぁ? 川に落ちた? ……バッカじゃないの!?』
「……いやもう、その点については、今回ばかりは何も言い返せん」
『それで、ケガはないのね? ……そう、わかったわ。風邪ひかないうちに、早く帰って着替えなさいよ』
 ほんっとにバカね! ともう1度言ってから、ハルヒは電話の向こうから、古泉に代わるようにと要求してきた。
俺はかろうじて無事だった携帯を、古泉に渡す。片手に持ったハンカチで俺の髪を拭きつつ、古泉はいつもどおりの口調でハルヒに応対した。
「代わりました……ええ、僕の家が近いので、とりあえずそちらへお連れしようと思います。今日は寒いですし、一刻も早く着替えた方がいいでしょう。……はい、了解しました。団の活動を途中で抜けることになって、申し訳ありません。……では」
 通話を切った古泉が携帯を返してきた。受け取るために手を伸ばした拍子に、クシャミが出る。
古泉があわてて自分の着ていたジャケットを脱いで、俺に着せ掛けた。おい、それじゃお前が寒いだろう、と言ってはみたが、なんだか無視された。
「寒いですか? タクシー呼びましょうか」
「いや……大丈夫だ。悪いな」
 幸い川は浅かったし、水量もそう多くはなかった。ただ倒れ方がまずかったらしくて、ほぼ全身濡れ鼠になってしまったのだ。
家まで自転車で帰ると確実に風邪をひくと脅されて、比較的近所にある古泉の家へと行くことに同意した。
確かに、とうとう雨もパラつきはじめたし、さっきから震えが止まらない。
「すみません。僕がついていながら……」
 古泉は本当に不覚をとったといいたげな顔で、俺の肩を抱くようにしながら先を急ぐ。
いや、今回のは全面的に自業自得だから、お前が反省するところじゃないと思うぞ。
 まもなく見えてきたマンションの部屋に上がると、とりあえずシャワーを浴びてくださいとバスタオルを渡された。
濡れた服を脱いで温かい湯を浴び、髪まで洗って浴室を出たら、脱衣所には新品の下着と古泉のものらしい服が用意されていた。
 エアコンを入れたらしく、部屋の中は心地よく暖まっている。古泉はキッチンスペースで、コーヒーを淹れているらしい。挽いた豆の香りが漂っていた。
「服は乾燥機にいれたので、すぐ乾くと思いますよ。ああ、下着は未使用のものなので、そのままどうぞ。差し上げますから」
「すまん。助かった」
「いえいえ。先月風邪をひいたときは、いろいろお世話になりましたからね」
 う、だからあんまりあのときのことをふってくるなよ。また夢を思い出しちまうだろうが。
古泉の部屋の中は、1ヶ月前とほとんど何もかわってないし、なおさらだ。
 ソファに寄りかかってローテーブルの前に座っていると、古泉がやってきてコーヒーをテーブルに置いた。湯気と香ばしい芳香が、鼻腔をくすぐった。
「ブラックでいいんでしたよね」
「ああ。サンキュ」
 マグカップを持ち上げて、熱いコーヒーをそっとすする。ほろ苦い味が口の中にひろがって、なんとなくほっと息をついた。テレビのない古泉の部屋は、やけに静かだった。
「それで……」
 テーブルの向かいに座って、同じようにブラックのままコーヒーをすすっていた古泉がふいにが口を開いた。俺はなんとなくボンヤリとしたまま、顔をあげた。
「どんな夢をみたんですか?」
 ゴフッ! 不意打ちをくらって、コーヒーを噴出した。
気管に入ったコーヒーにゴホゴホとむせていると、テーブルを回り込んできた古泉が背中をさすってくる。反射的に、また飛び退って逃げてしまう。顔が真っ赤になっているのが自分でもわかった。
「……つまりその態度の原因が、件の夢、というわけですよね?」
「う……いや、あの」
 カマをかけられた、とようやく察したが、時すでに遅かった。まったく頭のいいやつはこれだから。
俺がしどろもどろになっている間、古泉は思案顔だったが、ふいに立ち上がってデスクの方に歩いて行き、何かを持って戻ってきた。
トン、とテーブルに置かれたのは、香水のようなシャレたデザインの紫色の瓶だった。
「これに見覚えはありますか?」
「あれ……?」
 見覚えはある。夢の中で、間違えて中身を飲んだ瓶だ。
細かい説明は憶えていないが、あんな事態になったのはこの瓶の中身のせいだった気がする。
「あるんですね?」
 思わず、こくりとうなずいてしまう。古泉がひとつため息をついた。
そして再び隣に移動してきて、逃げ腰の俺の耳元に、ナイショ話をするように口を寄せた。
「それはもしかして、こんな夢ではありませんか……?」
 こそこそと古泉が耳打ちしてきた内容に、俺はますます赤くならざるを得なかった。
古泉が語ったのは、まさに今朝見た夢の内容そのままだったからだ。
どういうことだ? こいつはついに、赤い玉になって神人を倒す以外に、テレパシー的な超能力まで持つに至ったってわけなのか?
「な、なんで……お前っ……」
「当たっていましたか」
 たぶん耳まで赤くなっているだろう俺の顔をのぞきこんで、古泉は神妙な顔をする。
そして思わず身構えた俺に向かって、爆弾発言をしやがった。
「なんで知っているかといいますと――つまりそれは夢ではない、ということですよ」
 ……は?
 なんだそれ。夢じゃない? ……夢じゃないってことはイコール何だ? 現実? すなわち事実? ホントになんなんだよそれは!
 声もでないほど驚いて、というか動揺して口をぱくぱくさせて古泉を凝視していたら、ヤツはすましたハンサム面でちょっと首をかしげ、さらに続けた。
「クスリの影響でしょうか、あなたは翌朝には都合の悪い部分をキレイさっぱりと忘れていたようなので、そのまま黙っていたんですけど……夢で記憶がよみがえったんですね」
 そのとたん、俺の脳裏には、ほとんどのすべての記憶が怒涛のように押し寄せてきた。
さすがに最後の方の朦朧としていたあたりは部分的にしか思い出せないが、自分が何を言ったかとかしたかとかは大体よみがえってきて、ドッと冷や汗が出てくる。
 古泉の説明によれば、あのクスリは時間がたつごとにだんだん効き目が強くなり、量によっては後半部分は記憶がなくなることすらあるという。
だが俺がなめたのはほんの少しだったのに、ことのはじめからの記憶がすべて飛んでいたので、おかしいとは思っていたのだそうだ。
「よっぽど、思い出したくない記憶になったんですねぇ」
「あ……たりまえだ!」
 無意識に半ば耳をふさぐような姿勢で、俺は思わず叫んでしまう。
「男相手に……あんな……っ」
 誰か今この瞬間、俺を殺してくれないか。もうなんか、この世に身の置き所がない。
そんなことを考えている俺の耳に、さらに古泉の声が聞こえてくる。
「ええ。ですから、あなたが心底嫌がっているようなら、僕もそのまま知らないふりをしていようと思っていたのですよ。あなたを傷つけるのは、僕の本意ではありません。でも……」
 そこで古泉は、俺の顔をまじまじと見つめた。
「あなたはなぜ、そんなに赤くなっているのでしょう……? 嫌悪すべき記憶なら、普通は青ざめますよね」
「う……」
 俺は思わず、言葉につまる。
 今朝の夢から覚めて、それからずっと俺が自己嫌悪にさいなまれていた理由がそこにある。
古泉に近づけなかった理由も、思い出すと顔が火照っちまう理由も。
 だからつまりだな。男に……いや、古泉にそんなことをされていながら、夢の中の俺は……嫌がっていなかったのだ。
むしろなんというか……ものすごく、気持ちよかった。
 なんてことが言えるか? 言えないだろ? 
 だが俺が下を向いて、もごもごと口ごもっているのに何を察したのだろう。古泉は俺の肩に手をまわし、また耳元に口を寄せた。
何を言うつもりだと身構えた俺の耳に、古泉がささやいてきたことはと言えば。
「……ではもう一度、試してみるのはいかがですか?」
「うぇっ!?」
 なななななな何を言い出すんだ突然!
 額同士が触れ合うほど近くから覗き込むように俺を見つめながら、古泉は言葉を継ぐ。
「大丈夫。了解したからと言って、それがいつかの告白の答えだなどという誤解はしませんよ。僕たちの年頃なら、性欲と愛情が別口であっても、別段めずらしくはありません」
 そんな身も蓋もないことを言いつつ、古泉は場違いなほどさわやかな笑顔をみせる。なんでそこで、そのスマイルなんだお前は。
「気持ちよかったんでしょう? 気持ちいいのは、悪いことじゃないと思いますよ?」
 だーかーらー! こんな真昼間っから、言うことじゃないだろうが!?
「ええでも……ほら、雨が降ってきましたし……」
 言われて気が付けば空はすっかり厚い雲に覆われて、雨が本降りになっていた。そういえば部屋の中もすっかり薄暗い。
静かな室内には、雨の音とときどき稼動するエアコンの動作音が響くだけだった。
 傘を持ってくればよかったな、などと考えていたら、左手で俺の肩を抱いたまま、古泉の右手がごそごそとイージーパンツの中にもぐりこんできた。
「ちょ、古泉っ! やめ……」
「僕にまかせてください。……また、気持ちよくしてあげますから」
 そんなことをささやいて、耳たぶをかじる。ぞくっと背筋を何かが通り抜け、ダイレクトに腰に響いた。
「……っあ」
 な、なんか変な声が出たぞ、おい。
 内心であたふたしている隙に、古泉の手が俺のアレをつかむ。え、ちょ、ま、なんて言ってるうちに、その手がゆっくりと動き出した。うわ……!
「んっ……」
 古泉の手が動くたび、ぞくぞくと快感がわきあがる。腰から下に力が入らなくなって、俺は古泉にしがみついた。
上下していたその手が先のほうをぐりぐりといじって、やがて裏側をなぞり始める。ちょ、なんでこいつ……っ。
「おま、なんで俺、の、弱い、トコ、知って、だよ……!」
 荒くなった息の合間から言ってみると、古泉は小さくフッと息だけで笑った。なんか楽しそうでムカつく。
「前回、そうですね……手で6回ほどイかせてさしあげましたので、もう大体把握しました。あと、このへんもお好きですよね?」
 ピンポイントで感じる場所をこすられて、たまらなくて妙な声をあげちまった。古泉はさらに嬉しそうに笑い声をたてた。……って、6回!?
「はい。それと口で1回ですね」
 く、口って。
「たいそう、気持ちよさそうでしたよ?」
 恥ずかしくて、もう聞いていられん。記憶は戻ったが、回数までは覚えてなかった。クスリの影響にしろ7回って、新記録じゃねえか。
 と、そんなことを考えていられたのもそのあたりまでだった。
古泉はおしゃべりをやめて、俺の首筋に舌を這わせ始め、ソコも両手を使って本格的に責めてきやがったのだ。
いつのまにかイージーパンツと下着が取られて、Tシャツだけの情けない姿にされていたが、そのころには俺はもう、それどころじゃなくなっていた。
あまりにもよすぎて腰はガクガクするし身体は熱いし頭はクラクラするしで、古泉にしがみついて必死で声を出さないようにするのが精一杯だった。ああ……ヤバイ、くやしいが、もう……。
「……んっ……っあ! や……」
「そろそろですか……?」
 古泉の手の動きが、大きく早くなった。下の方から、ぐちゅぐちゅなんていういやらしげな水音が聞こえて、一番気持ちいいあたりを中心に、リズミカルに刺激が繰り返される。だから、なんでわかるんだよ……っ!
「んっ……イ……く……っ!」
 一瞬、頭が真っ白になった。ものすごい解放感が、腰を中心にひろがる。
いかんな……なんだか、なにか大事なもんまで一緒に抜けてった気がするぞ。たぶんあれだ。常識とか、道徳とか、そういうやつだ。
 俺はぐったりと古泉の肩にもたれかかって、ぜいぜいと息をついた。
「……いかがでしたか?」
「ノーコメント」
「なんですかそれ」
 うるさい。恥ずかしいことを聞くな。頭をなでるな。顔を見ようとするなっ。
「注文が多いですねぇ。ではどうしろとおっしゃるんですか?」
「知らん。自分で考えろ」
 古泉は心底困った声で、そんなご無体な、なんて時代がかったセリフをつぶやいた。
どうにも翻弄されっぱなしだったから、ひとつ勝った気がして、ちょっとだけ気分がいい。
なんかヤバイとこに踏み込んじまった気が大いにするんだが……まぁ、たしかに気持ちはよかったかな。
 ――でも、なぁ?
「こいずみー」
「はい。なんでしょう」
 古泉の肩にもたれかかったまま、聞いてみた。
「……お前は、それでいいのか?」
 ちょっと間があったあと、小さく笑う気配がした。
「あなたを好きだという気持ちに、今だ変わりはありませんよ。なので、秘密を共有できることは、とても嬉しいです。……それ以上のことは求めていませんので、お気になさらずに」
「その……保留の件はまだ、当分保留のままだぞ?」
「かまいません。……もう、慣れてしまいましたから」
 待つことに? それとも、あきらめることにか。
 お前はいつでもそうだな。世界のためとか、ハルヒのためとか、俺のためとか、なんかそんなのばっかりだ。団活動はけっこう楽しいと言ってたが、お前、他になにかやりたいことはないのか?
 ……やっぱり、なんか腹たってきたな。
 サーッという激しい雨の音が、耳に戻ってくる。ぐるぐると考えつつ、古泉に寄りかかった姿勢のまま雨の音を聞くうちに、なんだか眠くなってきた。
「おやすみになられますか?」
「ん……ちょっとだけ……」
 ベッドをお貸ししましょうかと言われたが、ここでいいと言ってのそのそとソファに上がる。ああ、下着くらいは穿いとくか。
そのままうとうとしているところに、毛布らしき柔らかな布がかぶさってきた。
「古泉」
「はい?」
「……めんどくさいやつだな、お前」
 なんのことですか、という古泉のとまどうような声を無視して、俺はしばし雨の音の中でまどろんだ。


                                                   END
(2009.10.13 up)

ますます妙な方向に……。

 実はこれが、はじめて本格的にキョンの一人称で書いてみたものです。(夏夕空と消失はあとから書いたのです)
すごい書きやすくて楽しかったので、以後はほとんどどっちかの一人称です。

 あとキョンの一人称だと、エロシーンでちょっと力が抜けちゃう“キョン”って名称を書かずにすむことに気がついた。←