夢のあとさき
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古泉が倒れたのは、彼がSOS団のアジト兼文芸部の部室にやってきてまもなくだった。
 なんとなくぼんやりしているな、と思いながらオセロの相手をしていたキョンが、一向に次の手をさそうとしない古泉を見上げると、ちょうど彼が長テーブルの上に突っ伏すところだった。
「……おい、古泉!」
「古泉くん!?」
 ハルヒが驚いて団長席から飛んでくる。みくるがお茶をこぼす音が聞こえ、長門が静かに本から顔をあげた気配がした。
 あわててキョンがのぞきこむと、古泉は頬を紅潮させてうっすらと汗をかいていた。荒くついている吐息が苦しそうだ。額に手をあててみれば、明らかに熱い。
「ヤバイな。とりあえず保健室に連れていくか」
「風邪かしら?」
「さあな。ハルヒ、そっち支えてくれ」
 さすがに自分より8cmも背の高い高校生男子の体を、ひとりでは支えきれない。ハルヒに右側をまかせ、左腕をとってよっこいしょ、と立ち上がらせると、意識を失っているかに見えた古泉がふと目を開けた。
「……すみません」
「いいから。歩けるか?」
「なんとか……」
 そのまま保健室に連れて行ったものの、保険教諭はすでに帰宅したあとだった。
まだ残っていた担任に車を出してもらい、キョンたちは全員で古泉の自宅マンションへと向かった。



 あたりが薄暗がりの中に沈み、めくっていた雑誌の文字が見えずらくなってきたころ、古泉はようやく目を覚ましたようだった。ベッドから半身を浮かせてあたりを見回している背中に、キョンは声をかける。
「起きたのか」
 一瞬びくっとして、古泉が振り返った。
「あ……」
「具合はどうだ?」
 言いながら座っていたソファから立ち上がり、まだぼんやりしている古泉に近づく。起き上がろうとする肩に、キョンは両手を置いて軽く押した。
「起きなくていい。まだ寝てろ」
 素直にそれにしたがって再びベッドに横たわりながら、古泉はすみません、とまた言った。
「ご迷惑をおかけしまして……」
「熱が39度もあったぞ。風邪でもひいてたのか」
「はぁ……。今朝、なんとなく熱っぽいなとは思ってたんですが」
 キョンは古泉の額に張った白いシートをはがし、新しいものに張り替えた。
 熱を冷ますためのスグレモノ医療品だ。古泉を寝かしつけたあと、ハルヒの指示で買出しに走らされたキョンが、ドラッグストアでアイスノンやら風邪薬やらと一緒に買ってきた。
「……ずっとついていてくださったんですか?」
「夕方くらいまではハルヒたちもいたんだがな。泊り込んで看病するとか言い出したから追い返した。
さすがに、1人暮らしの高校生男子の部屋に、女子が泊まるのはマズいだろ」
「はは。涼宮さんらしいですね」
「病人を1人にしとくわけにはいかないって主張するから、今日は俺が泊り込んで、明日になっても熱が下がらないようなら医者に連れて行くから安心しろっていったら、しぶしぶ帰っていったよ」
 喉渇いただろうと言って、キョンが広い1LDKの部屋の隅においてある冷蔵庫から、冷えたスポーツドリンクを取り出した。背を支えて身を少し起こしてやると、古泉はゆっくりとグラスに口をつけた。喉がヒリヒリと痛かったらしく、冷たさが嬉しいと微笑む。体温計を渡して計らせたら、熱は37度まで下がっていた。
「何から何まで……本当にすみません……」
「まぁ、こういうときはお互い様だろ。気にするな」
 ベッドの側の床に直接座って、キョンは軽く肩をすくめた。ロータイプのベッドなので、それでちょうど横たわった古泉と視線の高さがあう。上掛けを引き上げながら、古泉はちょっと笑った。
「そういえば、あなたが入院していたときと立場が逆ですね」
「ああ……そんなこともあったな」
 キョンが部室棟の階段から落ち、3日間意識を失っていたときだ。本人的にはその間、ゆがんだ時空をもとに戻すために奮闘していたわけだが……。
 3日間、順番にキョンの枕元に詰めていてくれた団員たちは、その後も退院までの間、ほぼ毎日病室を訪れてくれた。
 キョンはあぐらをかいたヒザに頬杖をついて、めずらしく微笑んでみせた。
「冬休みも、イベントやったり雪山で遭難したりいろいろあったからな。疲れがたまってたんじゃないか? まぁ、病気のときぐらい頼ってくれていいさ」
 雪山、と言ったとたん、古泉の様子がかわった。なぜかあわてて目をそらし、上掛けを目元までひきあげる。顔が紅潮したように見えて、キョンは身を乗り出した。
「なんだ? また熱があがってきたのか?」
 手を古泉の額に当てる。が、熱さましのシートが張ってあることに気づいて、その手を頬から首筋にずらした。触れたとたん、ぶるっと古泉が震えたのがわかった。
「寒いのか? そういえばちょっと熱いかな……」
 自分の額とくらべるようにしながら、キョンは身をかがめて顔を覗き込む。古泉は困ったような表情で、口元には微苦笑を浮かべていた。
「あの……」
「ん?」
「あんまり無防備にされると、困るんですけど」
「――あ」
 キョンは目をしばたたいてから、はっとしたように身を起こした。そういえば、すっかり妹を看病しているような気分になっていて、忘れていた。
 首筋に触れていた手をひっこめる。古泉は苦笑したまま、さびしそうにため息をついた。
「……あからさまに警戒されるのも、悲しいですけどね」
「す、すまん」
「大丈夫ですよ。こんな状態じゃ、何もできませんから」
 何もって。
 キョンがしばし固まったまま逡巡していると、古泉がこちらに顔を向けて苦笑を微笑みに変えた。
「でもまぁ……多少は意識してもらえてるのは、嬉しい気がします」
 部屋の中は薄暗かったが、キッチンスペースの照明はつけたままだ。互いの姿はちゃんと見えている。妙にさっぱりとした表情の古泉に、なんと答えたものか。キョンは固まったまま、ぐるぐると思考をめぐらせていた。
 その姿をどう思ったのか、古泉がベッドから身を起こして、いつもどおりの笑顔をキョンに向ける。
「ちょっとおなかがすいてきましたね」
「え、あ、……そうか? わかった、待ってろ」
 ほっと息をついて立ち上がり、キョンは部屋の西側に作りつけてあるキッチンの方に歩いていった。
背後で古泉が、フッと笑みをもらしたのが聞こえた。

(――不覚だったな。油断してた)
 長門による世界改変の騒ぎのあと、ちょっとしたきっかけで古泉の気持ちを知った。
返事はいらない、忘れてもいいとまで言われたが、キョンはあえて保留ということにした。いつかはなんらかの形で決着をつけねばならないとは思っているのだが。
(しかし……俺は何を躊躇してるんだろうな?)
 さっさと断ればいいはずだ。そっちの趣味はないから無理だと、だが友達としてつきあうのはかまわないと。返事を引き延ばせば、悪戯に期待を持たせるだけだ酷だ。……それなのになぜ、その一言が言えないのだろう。本人だって望んでいたじゃないか。
『待ってますから……ぜひ、早めに振ってくださいね』
 そう言った時の古泉の顔が、断りの言葉を思い浮かべるたび、脳裏によみがえる。
世界の平和のため、ハルヒのため。そうやって行動しているときと同じ、嘘くさい笑顔。
それを見るたびになぜか腹が立ってきて、いつも考えを中断してしまう。
 いつもそうだった。ハルヒを中心に巻き起こったあれやこれやに奔走したり、それでなくても騒がしい毎日の中で、キョンはときどき、古泉の言動に言いようのないイライラを感じることがあった。古泉の何に自分が腹をたてているのか、わからなくてさらに苛立つ。
 そんな悪循環の結果として、つい必要以上に邪険な態度に出るしかなくなるのだけれど。
(――確かにこいつは、いちいち顔が近いし、うんちくは長いしくどいし、何かというと俺とハルヒをくっつけようとしやがるし……俺が好きだなんていったくせにな……、まったくウザイことこの上ないんだが)
 キョンは眉をしかめたまま、コンロに置いてあった鍋を火にかけた。中身はお粥だ。ハルヒが作って、置いていったものだった。
『――いい、キョン。仕上げに刻んだ青ネギを入れて、お醤油をひとたらしよ。ここがポイントなんだからね。忘れたら死刑よ、死刑!』
 相変わらずのけたたましさで、ハルヒがそう言っていたのを思い出す。
あたたまるのを待つ間に、冷蔵庫からすでに刻んである青ネギを出してきた。そして、さて醤油はどこだとシンクまわりを見回す。調理台の一段上に、調味料類が几帳面に並べてあった。
「これが醤油だな。……ん、これなんだ」
 醤油に間違いない容器の隣に、ちいさな紫の瓶が並んでいた。香水のようなしゃれたデザインで、あまり調味料には見えない。かなり場違いな気はするが、ここに並んでいる以上、調味料の仲間だろうと考えたキョンは、好奇心にかられてそれに手を伸ばした。
(――なんかのスパイスかな?)
 蓋をあけて、匂いをかいでみる。かいだことのない香りだった。中身をちょっと手の上に出してみると、とろりとした感触の液体だった。なめてみても、少し甘いだけで味はあまりしない。なんだかよくわからなくて、キョンは首をかしげつつ古泉に聞いてみることにした。
「古泉ー。これなんだ? スパイスかなんかか?」
 こちらを見た古泉が、本当に病人かという勢いで飛び起きた。すごい勢いでかけよってきて、キョンの手から小瓶をもぎとる。
「こ、これは食べ物じゃありません! どこにあったんですか!」
 その剣幕におどろいたキョンが調味料入れに入っていたというと、古泉はやってしまったというように顔を手で覆った。
 しばらくそうしていたあと、古泉はひとつため息をついて、やっと落ちついたようだった。
 「まぁ、毒じゃありませんけど、食べてもおいしいものじゃないです。すみません」
 通常はベッドサイドに置いてあるのだが、先日カップをひっくり返したときにコーヒーまみれにしてしまい、シンクで洗ってそのまま忘れていたのだと古泉は説明した。今日、女子たちがシンク周りを片付けたときに、間違えて調味料入れに置いてしまったのだろう。
 結局それが何なのかは言わず、古泉はぎこちなく笑ってその瓶をデスクの方に持っていった。
その後姿を眺めながら、すでになめてしまった、と言い出せなかったキョンは、毒ではないという古泉の言葉に内心ほっとした。それならまぁ、ひと口なめただけなのだし、さしたる影響はないだろう。
 起きたついでにそこで食べていけと、古泉をローテーブルの前に座らせて、キョンはお粥の仕上げに入った。



 なんだかおかしい、と思ったのは、お粥を食べ終え風邪薬を飲んで、再びうとうとしはじめた古泉の寝顔を見たときだった。
 食事中から、急に熱くなってきたなと思っていたのだが、ソファに寝転がっているうちに、どんどん動悸まで激しくなってきて不安を覚えた。
(――古泉の風邪がうつったのか?)
 そう思ってソファを降り、眠る古泉を見たとたん、どきっとした。
(――落ち着け、落ち着け俺。たしかに古泉はツラはいい。道を歩けば女子10人のうち、5人くらいは振り返るだろうよ。だが男だ。男なんだ! 俺は男の顔に欲情する性癖は持っていない! 断じてだ!)
 ぶんぶんと頭を振る。だが、すうすうと小さく寝息をたてる口もとに、目が吸い寄せられてしまう。ふせたまつげが濃い。熱があるせいで上気した頬は赤く染まり、寝苦しいのか、ときおり眉をよせる。ん……と、寝言ともつかない声が赤い唇がもれる。
 感じていた熱が、やがて下半身の一箇所に集まりはじめていた。うずくような感覚に翻弄され、彼は息を荒げてそれに耐えた。頭にも血が上ってくるようで、キョンはとうとう床に手をついて苦鳴をもらした。
(――なんだこれ……おかしくねえか?)
 古泉の寝顔に欲情した、なんてアホな推測では、もはや追いつかない。
 たまらずに制服のスラックスの上からそこに触れてみると、形が変わってきているのがわかった。触れたところから、ぞくぞくとした快感が背中を這いのぼる。トイレにでもこもって処理しないと、ヤバイことになりそうだと悟って立ち上がろうとしたら、なぜか足に力が入らなかった。
「どうかしましたか……?」
 苦悶するキョンの気配に気づいたのか、目を覚ました古泉が上体を起こした。床に転がって震えているキョンに気づき、驚いてベッドを降りる。
「大丈夫ですか!」
「さ……さわるな……!」
 触られると、そこから強烈な快感が襲ってくる。キョンはあわてて古泉の手を振り解こうとしたが、やはり力は入らなかった。古泉はその様子に、思い当たることがあったようだ。
「もしかして……さっきの瓶の中身、口にいれましたね?」
「さっきの……って……紫の……」
「それです。……ああ、やっぱり。どれくらい飲みましたか」
 キョンがうなずいたのを見て、古泉が眉を寄せた。ちょっとなめたくらいだという答えを聞き、考え込む。
「そのくらいなら、効き目は長く続かないでしょう。身体に害はありませんから、その点は心配ありません」
「なんなんだ、あれは……」
 古泉は言いにくそうにしていたが、キョンがにらみつけると白状した。
 それは、とあるルートで手元にくることになった媚薬だという。かなり強力なものだということは、古泉は身をもって知っていた。
 媚薬、と言われてもピンとこなかったキョンだが、効能を説明されるとさすがに青ざめた。
「そんなもん……なんで持ってんだよっ……!」
「すみません……エキセントリックな叔父がいましてね。僕に片思いの相手がいると知って、南米のみやげだと言って持ってきたんですよ。いえ、もちろん使うつもりなんて、これっぽっちもありませんでしたよ?」
 疑わしそうな目を向けられ、古泉はバツが悪そうな顔で肩をすくめた。
「本当ですよ? こんなもの使ってあなたを無理やりモノにしたところで、あなたに嫌われてしまっては、いろいろ支障がありますし」
 だが結局、今はこんな状況だ。理由が判明したところで、根本的な解決にはなっていない。
 そのとき、ずくん、と大きな波が来て、キョンは声をあげた。
「うあ……っ!」
「だ、だいじょうぶですか」
「いい……から。ほっといて、くれ……」
 さすがに、古泉の前で抜くわけにもいかない。キョンは身体を丸めたまま、激しく息をついて必死に快感の波をこらえた。
 古泉は彼のそんな姿から、吸い寄せられたように目が放せなくなった。
 快感に上気した頬、官能を必死でこらえるために寄せられた眉、汗ではりついた後れ毛、涙をたたえて伏せられたまつげ、もれそうになる声をこらえて震える唇。
 どうしよう、我慢できない。そう口に出すかわりに、喉がごくりと鳴った。
「すみません……僕のせいですよね……」
 つぶやいて、古泉がキョンの身体に手をかけた。背中から彼を抱きかかえて、ベッドに寄りかかるように座る。キョンは古泉の胸に背を預け、足の間にはさまれるような形になった。
「な、何……を」
「僕が、してあげますから」
「ばっ……! 冗だ……」
 古泉の言葉を理解して、キョンは腕の中から抜け出そうと暴れた。が、やはり力は戻ってこない。あっさりスラックスと下着を剥ぎ取られ、夜気にさらされたそれは、見事に勃ち上がっていた。
「やめ……っ、こいず……」
「実はこのクスリ、時間がたつにつれてどんどん効き目が強くなってくるんです。我慢しきれるものじゃないですよ?」
 古泉の右手が、それを優しくしごきはじめた。とたんに、暴れていたキョンの身体がびくりと震え、動けなくなった。先走りの蜜を塗りつけながらゆっくりと上下していた手が、少しずつ早さを増していく。
「んっ……ん……っ」
「気持ちいいですか……?」
 耳元でささやかれ、耳たぶが甘噛みされるとぞくりと快感が身体をつらぬく。
 左手の方はいつの間にか、ワイシャツのボタンをはずして下に着ていたTシャツの中にもぐりこみ、胸の突起をいじっていた。
 そこかしこから湧き上がる快感がどうにも出来なくて、キョンはただ床に爪をたてる。最初は我慢していた声も、一度もれてしまったらもう、押さえることはできなかった。
「んっ……ぁあ……っそこやめ……うぁ……っ!」
「ふうん……。あなたはこっちの方が好きなんですね……」
 裏側を丁寧になぞられて、声が高くなる。先をぐりぐりとこすられ息を飲むと、今度は両手で激しくなぶられた。柔らかい部分も弄ばれて、彼はどんどん追い詰められていく。
「なんだか僕も……変な気分になってきましたよ……」
 耳にかかる古泉の息も熱い。腰のあたりに、なにか硬いものがあたっていた。
やがて古泉の手が、根元から先の方までを大きくこすりはじめた。限界が近づいているのを察したらしい。キョンの息が、深く激しくなってきた。
「ふぁ……あ……あっ……こいず……もう、イきそ……っ」
「いいですよ……いっぱい、出してください……」
「んぅ……っあ……あ、出……る……っ!」
 反射的に押さえようとした手が古泉の片手で拘束される。白いものが勢いよくほとばしって床と古泉の手を汚した。
 ぐったり脱力して、キョンははぁはぁと激しく息をついている。古泉は一瞬、まずかったかなと後悔した。無理やりと、あまり変わらなかったかもしれない。
「気持ちよかった……です……か?」
 恐る恐る聞いてみると、キョンは下を向いたままこくりとうなずいた。あれ? という表情で古泉が、キョンの顔をのぞきこむ。なんだかまだ、彼はぼんやりとしたままだった。
「だいじょぶ……ですか?」
「ん……」
 ふいに、彼は顔をしかめた。あうっという小さな悲鳴をあげる。古泉の手の中で、彼のものが再び元気を取り戻していた。まだクスリの効果が残っているようだ。
「や……くる……っ!」
「あ……」
 するとキョンは、身体をひねって両腕で古泉の首にしがみついた。震えながら肩口に顔をうずめ、荒くつく息の下で、懇願するような声をあげる。
「こいずみ……っ……俺、ま……た……っ」
「あ、はい……。わかりました」
 首にしがみつかせたまま、古泉の左手が背中を支えて、右手が勃ち上がったものをしごく。
1度イッたばかりにもかかわらずそれはひどく敏感で、あふれた蜜が与えるぬめぬめとした感触とあいまって、ものすごい快感を彼に与えた。意識はもはや朦朧としているようだったが、それを与えているのが目の前の人物だという認識はあるようだった。
「あ……イ……クっ……こいず……みっ!」
 再び彼が吐き出した白濁の熱を腹に受けながら、古泉ももうたまらなくなっていた。欲情に濡れた表情と、自分を呼ぶかすれた声。熱い身体。もうこのままやってしまおうか、という考えがちらりと脳裏をかすめたが、それはだめだと自制する。
 こんな状態の彼では、同意を得られたとは到底いえない。それは本意ではない。

 それからさらに4度、キョンは古泉の手によって激しい絶頂を迎えた。
ぐったりと床に横たわり肩で息をしていたが、それでもまだクスリの効果は切れていなかった。ビクリと震えた彼のそれは、またも硬く張りつめはじめたのだ。
「ああ……っ……も……やだ……っ……」
 悲痛な声をあげながら、キョンは苦しげに顔をしかめた。クスリで無理に引き出された官能は、彼の意思も体力も考慮しないらしい。古泉は赤くなった彼の目じりに口づけ、にじんだ涙を舌でぬぐった。せめて、もっと気持ちよくなって欲しかった。
「だいじょうぶ……もっとよくしてあげますから……」
 古泉は飽かず勃ちあがりはじめた彼自身に、舌を這わせた。ヒッと声を飲む彼にかまわず、根元から先へと丁寧になめあげる。先のほうをくわえて一気に全てを口の中に収め、吸い上げると、キョンは泣き出しそうな悲鳴をあげた。
 指で刺激をくわえながら、舌をからめる。口に含んだまま、唾液の水音をたてて激しく上下させる。やわらかい部分にまでそっと舌をはわせると、彼の腰がガクガクとゆれて、手が古泉の髪をつかんだ。彼ののどからあふれるのは、泣き声にも似た喘ぎと、古泉の名前だけだった。
 激しい愛撫が繰り返され、やがて彼は息を止めてのぼりつめた。声も出せないほどの絶頂の果て、吐き出した白濁を古泉は飲み干す。やっとおとなしくなった彼のそれを舌できれいにしてから顔をあげると、キョンはすでに意識を失って寝息をたてていた。
 古泉はほっとして、彼の髪をかきあげて額に口づけ、それから情けない顔で自分の下腹部を見下ろした。すっかり元気になっているそれが、パジャマの中で己を主張している。
 古泉はしばらく躊躇してから、小さくすみません、とつぶやいて、キョンの寝顔を見つめつつ右手をパジャマの中に滑り込ませた。
 うっかり、眠る彼の胸と顔の上に放出してしまったが、目覚めさせずにすんで胸をなでおろす。
 やすらかな寝息をたてて、キョンは昏々と眠り続けた。



 翌朝、キョンは古泉の部屋のソファで目を覚ました。
 上は自分のTシャツのままだが、下は見覚えのないイージーパンツを履いている。
いつ着替えたっけ? と首をひねりながら、身体を起こして大きく伸びをする。ソファで寝てしまったせいか、腰がだるくて重かった。
「おはようございます。よく眠れましたか?」
 朝からムダにさわやかな笑顔で、古泉が挨拶してきた。すでに制服に着替えて、キッチンスペースで何かをやっている。キョンは時計を見て、まだあわてる時間じゃない、とつぶやいてから、もう一度古泉を眺めた。
「やっぱ身体があちこち痛いかな。お前はもう熱、平気なのか?」
「ええ。おかげさまで、すっかり全快です」
 そこで古泉は振り返り、ちぎりかけのレタスを手に、ふと目を細めた。
「あなたの……が効いたんですかね?」
「は? 俺のなんだって?」
 ソファから降りて首をこきこきと鳴らしながら、キョンは聞き返した。
めずらしく古泉が、ちょっと言いよどんで目をそらし、レタスをちぎりながら早口で続けた。
「だから、アレですよ……白くてどろっとした……」
「ああ、お粥か。ありゃ、作ったのはハルヒだぞ。俺はあっためただけだ」
 それを聞いた古泉は、ふいに口をつぐんで手を止め、こちらを振り返った。そしてまじまじと、キョンの顔を眺め回す。
 居心地の悪くなったキョンが眉をしかめると、その顔にゆっくりと苦笑がひろがった。
「ああ……そうでしたか。どうりでおいしいと思いました」
「悪かったな」
 作業に戻りながら、古泉は何気なくそういえば、ご自分がいつ寝たか覚えてらっしゃいますかと聞いて来た。キョンは洗面所を借りるぞと返してから、ちょっと夕べのことを思い出そうとしてみる。
「えーと……お前にお粥を出してやって……それからどうしたっけ? ソファでグダグダしてるうちに寝ちまったかな?」
「そうみたいですね……」
 くっくっと、古泉が笑う声が聞こえてきて、キョンは何がおかしいんだと思いながら顔を洗った。ブラシを勝手に借りて寝癖を直し、リビングに戻ると、古泉がローテーブルに二人分の朝食を用意していた。
「どうぞ。簡単なものしかありませんけど」
「いや、うまそうだ。ありがとよ」
 夕べいつの間にか脱いだらしい制服のスラックスを履いてシャツをはおってから、キョンはパンやサラダの並んだテーブルの前に座ってあくびをした。 
「なんだか、ろくでもない夢ばっかり見てた気もするぜ……」
「そうですか?」
 何がおかしいのか、古泉はコーヒーメーカーからカップに薫り高い液体をそそぎながら、クスクスと笑い続けている。
「僕はたいそう、いい夢を見ましたけどね?」



                                                   END
(2009.10.13 up)

このへんから原作の時系列から離れてパラレルな時系列に入ります。なので、佐々木団は登場しません。

そして、どうにもおかしな方向に走り始めたような。
告白より先に身体が先走っちゃいました。若いってイイネ。
何度もいいますが、媚薬はミラクル☆801薬なので、都合よすぎる点には目をつぶってください。