君のいる世界
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「つまり……」
 細長いフレームの眼鏡を押し上げながら、北高の現生徒会長は確認するように繰り返した。
時刻は放課後。生徒会室には、彼と彼の目の前のソファに腰掛けている1人の男子生徒しかいない。
沈着冷静な瞳が、じっとその生徒を見つめる。
「めでたく生徒会長に当選した俺は、これから文芸部の活動にいちゃもんをつけ、
涼宮ハルヒ率いるお前たち一味の敵対勢力になれ、というわけだな?」
「ええ」
 男子生徒……SOS団の一員にして機関≠フ超能力者・古泉一樹は笑顔でうなずいた。
「その通りです。基本的にはその方向でお願いしますが、涼宮さんの反応によって、臨機応変に対応してください」
 彼の主な使命は、涼宮ハルヒの機嫌を良好に保つこと。そして、常に何かに興味を向けさせ、退屈させないこと。
今回のコレも、そのため仕込みだった。
 取り澄ました優等生顔で考え込んでいた生徒会長は、やがて組んでいた足をテーブルの上に投げ出し、きっちりと締めていたネクタイをゆるめた。
生徒会室のカギがかかっていることをちらりと確認してから、ポケットから煙草を出して火をつける。
古泉は驚きもせずに、彼の豹変振りをにこにこと眺めていた。こちらが彼の本性であることは、もちろん承知だ。
「ったく、めんどくせえな。くだらんことこの上ねえが、まぁ引き受けた仕事だししょうがねえ。まかせとけよ」
「ありがとうございます」
 紫煙をため息とともに吐き出しながら苦い顔で言う彼に、古泉は頭を下げた。
彼はきっとうまくやってくれるはずだ。苦労して生徒会長に当選させた甲斐があった。
「まぁ……お前のおかげで、俺もいろいろ旨い思いさせてもらってるしな」
 言いながら会長は、しばらく煙草をくゆらせつつ古泉を眺めていた。
が、やがてテーブルから足を下ろし、古泉の方へ身を乗り出す。
ふと彼の吸っている煙草の香りが鼻をかすめたが、古泉は表情を動かさなかった。
「よくやるよな、お前も」
 面白がるような調子を含んだ声に、古泉は無言で視線向けた。
「あんな頭のニギヤカな女の相手と根回しを四六時中だぜ? ろくな報酬もないのに、ご苦労なこった」
 そんな揶揄に、古泉は微笑んでみせる。
「そんなこともないですよ。これはこれで、楽しいと思うこともありますし」
「へぇ?」
 意地悪く聞き返す会長は、ニヤニヤと性質のよくない哂いを浮かべた。

「……自分のホレた相手とあの脳内お祭り女をくっつける計画がか?」

「……!」
 瞬間、笑顔が凍りつくのを止められなかった。
古泉の表情を確認して、会長は満足した猫のように目を細め、喉の奥で哂い声をたてる。
 古泉が率先して話したわけではないが、頭もカンものいいこの男は、いつのまにか古泉の本心を見抜いていた。
自身も男女どっちもイケる性質だと、たいしたことではない風に告げ、たちまち涼宮ハルヒを含めた相関図を把握してみせたのだ。
「お祭り女がそいつにホレてんだろ? 自分以外の誰かとくっついたりしたら、何が起きるかわからないんだってな? ダッセェな」
「……しかた、ありませんよ」
 ようやく笑顔を復活させて、古泉は答えた。
ケンカともじゃれあいともつかない、微笑ましいやりとりをかわす二人の姿が脳裏に浮かぶ。それをニコニコと見ている、自分も。
「それが僕の、使命ですからね」
「ふうん……」
 会長は馬鹿にするように鼻を鳴らしてから、煙草を携帯灰皿に押し付けて消した。
「ま、いいけどよ」
 肩をすくめながらおもむろにソファから立ち上がり、カギのかかったドアをもう一度確認する。
窓に近づいてカーテンを閉めると、かすかに聞こえていた外のざわめきが、すっと遠ざかった。
彼はそのまま、ソファに腰掛けて身をかたくしている古泉の背に声をかけた。
「それじゃその使命とやら、果たしてもらおうか?」
 古泉は近づいて来る足音を背中で聞いていたが、やがて肩に手が置かれてぴくりと身を震わせた。
視線を足元に落としたまま、笑みを含んでささやかれる声を聞く。
「大学受験のための内申点と、生徒会長としての多少の職権乱用。
それと、もうひとつの報酬をもらう権利が俺にはある。……そうだよな、古泉?」
 自嘲めいた笑みを浮かべ、古泉はその問いに答えた。
「もちろん、了解していますよ。……どうぞお好きに」



 偽りの生徒会長を引き受ける際、彼が要求した報酬のひとつ。
 それに応えるのは、これで何度目だったろう。
 女の子ではないので貞操やら純潔やらはどうでもよかったが、ただ彼の性癖には、正直辟易していた。
「ちょ……っ、なんですかコレ」
 脱げ、と言われたのでジャケットとネクタイを取り、シャツのボタンをはずしたところで腕を後ろ手でネクタイでくくられた。
突き飛ばされてソファに倒れこむと、やはり上着を脱いだ会長が楽しそうに見下ろしていた。
「気持ちよくしてやるから、黙ってろよ」
「あなたはどうしてそう……いつもいつも……」
 苦々しくつぶやく声を簡単に無視して、会長は古泉のあごをつかんでくちづけた。
強引に舌をねじこみ、まさに蹂躙するように舌をもてあそぶ。
いつものことだが、彼のやり方には優しさのカケラもない。
 それでも、耳をなぶられ首筋を乱暴にたぐられ胸の突起を舐められると、ぞくぞくと背筋を快感が這いのぼってくる。
「うあ……っ!」
 いきなり突起に歯をたてられて、古泉は思わず声を上げてしまった。口をふさごうにも、両手は縛られたまま動かせない。
「う……んんっ……」
「イイんだろ? エンリョしないで声出せよ」
 面白そうに会長が言う。伊達眼鏡はいつのまにかはずされて、テーブルの片隅に置かれていた。
「んっ……ふ……っ」
 翻弄されるのがくやしくて、古泉はそれ以上声を出すまいと歯を食いしばった。
会長はそんな古泉にかまわずに、彼の体に歯形とキスマークを付けまくる。
「がんばってんな……でもほら、こっちは正直だぜ?」
 制服のズボンの下で、窮屈そうに存在を主張しているものを会長は指差した。
ベルトが抜かれたと思ったら、あっという間にズボンも下着も取り去られ、古泉は前をはだけたシャツ1枚と靴下だけの姿になった。
「さて、こっからが本番だ」
「え……?」
 息を荒げて見返す古泉の目の前で、会長は抜いたベルトと自分のネクタイで器用に彼の足を固定した。
両足をソファの上で曲げて思いっきり開脚した、あられもないポーズになる。
「ちょ……っと、何をするんですか! やめてください!」
「好きにしろって言ったろうが」
 古泉の抗議に聞く耳をもたず、会長は再び愛撫を再開した。胸から臍へと舌を這わせ、下腹を通って……腿の内側へ。
左腕は腰を抱き、右腕は背中をたどっている。
次第に頭をもたげ、今やすっかり立ち上がっている中心のそれに触れないまま、周辺だけを念入りに責め立てる。
古泉はびくびくと体を震わせて、せつなくうずく感覚に身悶えた。あまりのもどかしさとじれったさに、
思考は白く灼きついてゆく。どうにかしたくても、腕も足もろくにうごかせない。
気も狂わんばかりの感覚の中、古泉は自分がとんでもないことを口走らないように唇をきつく噛んだ。
そんな仕草さえも会長が愉しんでいることはわかっていたが、それが精一杯の抵抗だった。
「やれやれ……。いつものこったが、強情だな」
 口の中に、サビに似た血の味がする。会長は古泉の口の中に指をさしいれて、それ以上傷つけないようにした。
唇の端を唾液が伝う。涙のにじんだ瞳で、古泉は会長を声もなくにらみつけた。
「まぁ、そうにらむなって。もっとイイことしてやるから」
 まったく悪びれず、会長はそんなことをいいつつ備品のデスクの方に行った。
卓上に置いてあったカバンの中から出てきたものを見て、古泉は目を見張った。
「な……なんでそんなもの持って……」
「いいだろ? コレ」
 スイッチをいれると、かすかなモーター音を立てて妙な動きをする。色はピンクと可愛いが、形は相当グロテスクなそれ=B
「こないだ女とラブホ行ったとき、自販機でノリで買ったんだけどよ。どうしても嫌だって使わせてくれなかったんだよな〜。俺、女には優しいんだぜ?」
 動作を確かめるように何度かスイッチをオンオフしつつ、会長が戻ってくる。
動けないながらも必死で後さじろうとしている古泉によく見えるようにして、会長はにっこりと笑った。
「というわけで、心配すんな。新品だ」
「そういう問題じゃ……!」
 なんとか体の自由を取り戻そうと暴れまくる。だがせっかく超能力があっても、通常空間では何の役にもたちはしない。
「だいじょぶだって。入るもんは、たいしてかわんねえよ」
 会長は古泉の抵抗を易々と封じ、相変わらず中心には触らないまま、先走りの蜜で後ろの口をほぐし始めた。
「あ……やめっ……」
 会長の手の中のバイブがうなりをあげる。冷たい感触が奥に当たって、潜り込んでくる。さすがに古泉は悲鳴をあげた。
「ホラ、入るじゃねえか」
 モーターの音とともに蠕動を繰り返すそれが、奥の方を刺激する。
はじめは痛みと違和感ばかりがあったそれの動きが、やがて微妙な感覚を生み出していく。それはうずくような快感だった。
「んあ……っあ……や、やめ……あ!」
「なかなか……よさそうじゃねえか……」
 情欲に濡れた声であおりながら、会長はバイブを出し入れする。淫らな水音がモーター音とともに古泉の耳にも届く。
体の奥がかきまわされる感覚と細かい振動が、さんざんじらされた中心に伝わって、それだけで彼は追い詰められた。
体が熱い。バイブを動かしながら彼の表情を間近で見ていた会長が、それに気づき薄く笑った。
「イクのか……尻だけでイッちまうんだ?」
「う……くっ……」
「いいぜ……イッちまえよ、ホラ……!」
 グイとバイブをねじこまれ、衝撃が背筋を貫いた。声にならない声をあげて、古泉は背中をのけぞらせる。
どろりとした白い液体がほとばしったが、会長はそれを巧みによけた。ソファとテーブルにかかったものを見ても、そ知らぬ顔だ。
 古泉は肩で息をしながら、そのとぼけた顔をにらみつける。が、文句を言ってもしょうがないことはもう承知なので、何も言わなかった。
「……まだ元気だな」
 さすがに直接の刺激なしでは、半端にしかイケなかったのだ。
半勃ち状態のそれを見た会長は、足をいましめていたベルトとネクタイをはずして、古泉をソファにうつぶせに押し倒した。
「……腕の方は、はずしてくださらないんですか?」
「この方がソソるんでね」
 変態め、と小さくつぶやいた声は届いたはずだが、会長は気にした様子もない。
 背中から覆いかぶされ首筋から背筋に舌を這わされると、ゾクリとした快感が腰を中心に広がった。
左手が胸の突起をいじり、右手が半勃ちのものを握ってくる。
意外となめらかな指が上下し先をぐりぐりとこすると、恐ろしいほどの快感がそこから生まれてきた。
思わずもれる声をかみ殺したが、中途半端な状態だったそれはひどく敏感で、
止めようもないほど正直に硬く張り詰めてしまっている。会長は喉の奥でくつくつと笑うと、左手の指を古泉の口腔内にいれた。
唾液とともに、押し殺していた声があふれてくる。
「うあ……あ……あああぅ……んっっ……んん……!」
 激しくこすられしごかれて、あっという間に激しい射精感がこみあげる。
いつのまにか、ヒザをついて尻を高くあげた姿にされ、双丘の間に今度は会長自身をねじこまれようとしていた。
「すっかりほぐれて……いい感じだぜ……」
 衝撃とともに、異物が入ってきた。そのとたんにぞくりと体が震え、這いのぼる強烈な感覚に古泉は耐え切れなかった。
「あ……あああああああ……っ!」
 再び白濁がソファを汚す。会長は息を荒げて激しく動きながら、また笑った。
「入れただけでイッちまったなぁ……!」
「あっ……はあっ……んぁ……あ……」
 持続している快感に、思考は真っ白になって何も考えられなくなる。
閉じた目蓋の裏には、いつもの彼の何気ない笑顔や怒った顔や困った顔がちらちらとよぎる。
 悪いと思いつつも、妄想の中では何度も抱いた。勝手な想像をめぐらせては、自らを慰めたりもした。
そんなことを思い出してしまったせいで、イッたばかりにもかかわらず、またたまらない感覚が古泉の脳を侵す。
身勝手に昂揚し、容赦なく彼の中に放出した会長とほぼ同時に、三度古泉は達してしまった。
「う……」
 さすがに体中から力が抜けて、古泉はソファにぐったりと倒れ伏した。全身汗だくの上、腰がだるくてさっぱり立てる気がしなかった。
 だが会長はといえば、どうやらベルトと前をゆるめていただけらしい。
さっさと身づくろいをすませ、涼しい顔で上着を着て、ネクタイを締めなおしている。
「ずいぶんよさそうだったな、古泉」
 腕をいましめていたネクタイをほどき、まだ肩で息をしている古泉に放り投げて、会長はニヤニヤと楽しそうな笑みを向けてくる。
「まぁ、お前がイキながら誰の顔を思い浮かべてたかなんて、追求しないでおいてやるよ」
「……!」
 乱れた髪をさっとなでつけて、はずしていた眼鏡をかける。すると、とたんに彼はクールにして優秀な生徒会長に戻ってしまった。
「では、私はこれで帰らせてもらおう。後始末はまかせたよ。ああ、依頼された件は間違いなく遂行するので、心配は無用だ」
「…………ぜひとも、お願いしますよ」
 出来る限りの嫌味な声音で、古泉はそう言い返した。だがもちろん、そんなものは会長のツラの皮一枚も通さない。
彼はすましたまま、生徒会室のドアの向こうに消えていった。
 なんのつもりなのか、テーブルの上には新品のポケットティッシュがひとつ、残されていた。



 ようやく動けるようになってから生徒会室の後始末をすませ、古泉はその足で文芸部の部室兼SOS団のアジトにやってきた。
 授業が終わったあとに一度顔を出し、委員会の用事をすませてくるので、遅くなったら先に帰って欲しいむねを伝えてある。
かなり時間を食ってしまったので誰もいない可能性が高かったが、いちおうのぞいて見ることにしたのだ。
(――律儀だな……我ながら)
 本当はさっさと帰って、シャワーを思い切り浴びて寝てしまいたい。まだダルさはとれなかったし、体のあちこちが痛い。
(――何をやってんのかな、僕は)
 ときどき、何もかもを投げ出して逃げたくなる。
 なぜ、こんなになってまでがんばらなければいけないのだ。
なぜ自分が? なんのために? 理不尽、という言葉は、こういうことを指すのではないか。
普段は考えないようにしているそんな諸々のことが、形のないもやもやになって思考を蝕む。
 逃げたい。でも逃げられないこともわかっている。誰かにそう言われたわけではなく、自分自身で“わかって”しまうのだ。逃げられないのだと。
 ぐるぐると、出口のない思考が頭の中を巡る。こんなときに感じる破壊衝動に似た気持ちを抑えるのは、ときどきひどくつらかった。
 文芸部のドアを、誰もいないだろうと思いつつ開ける。
 と……そこには、1人の男子生徒がぽつんと座って、分厚い本をパラパラとめくっていた。
「え……」
 古泉が思わずあげた声に気づき、彼が顔をあげた。
「なんだ古泉。遅かったな」
「待っ……ていて、くれたん、ですか?」
 他の団員たちはと見ると、すでに彼……キョンのもの以外カバンもなく、朝比奈みくるのメイド服もハンガーにかけてある。
「ハルヒたちは先に帰ったぞ。俺はちょっとお前に聞きたいことがあったから残ったんだけどな、あんまり遅いからそろそろ帰ろうかと思ってたところだ」
 その割には彼の側の机には、本が何冊も積み上げてある。腰をすえるつもりでいたのは間違いなかった。
キョンは立ち上がって読んでいた本を棚に戻し、カバンを持って古泉の方に歩いてきた。
 そして、呆然としたままそこに突っ立っている古泉を見上げ、ふと眉をひそめる。
「古泉、お前なんか顔色悪いぞ?」
「え?」
 はっと我にかえった古泉は、ついいつもの意味なしスマイルを顔に貼り付ける。キョンの眉はますますつり上がった。
「寝不足か? ……また例の灰色のやつが発生してんのか?」
「い、いいえ。最近は……それほど」
「ふむ」
 しかめっ面のまま古泉を見ていたキョンは、ふいにポケットに突っ込んでいた右手を古泉の肩に置いた。
会長に置かれた場所と同じだったが、キョンの手は古泉の肩をいたわるように2,3度ポンポンとたたいたのだ。
「あんまり無理すんな。……まぁ、お前や長門に頼りっぱなしの俺がいうことじゃねえけどさ」
 おごるからラーメンでも食ってこうぜ、といってキョンは、何事もなかったように再びポケットに手を突っ込みなおし、古泉の脇をすりぬけて廊下に出て行った。
古泉はそれを見送りながら、
胸のうちで渦巻いていた破壊衝動――主に自分自身に向けられる――が、すっと消えていくのを感じた。

 ――この人と、この人のいる世界を守るため。理由はそれだけで、充分かもしれない。

 この想いを成就させることと、この世界を守ることは、同時にはかなわないことだとわかっているけれど。彼がここにいるのなら、もうそれだけで。
 夕日に染まる廊下の先で彼が立ち止まり、振り向いて古泉を待っている。
「何してんだ、こいずみー。早く帰ろうぜー」
「……はい。今すぐ」
 部室のドアをしめ、古泉はキョンの後を追った。
自分を待っている者のもとに小走りで向かう途中、古泉はなんとなく持ってきていた使い残りのポケットティッシュを、廊下のゴミ箱に投げ捨てたのだった。


                                                   END
(2009.10.09 up)

ドS会長楽しい(笑)
会長はけっこう好きなので、その後の様子も書きたいところです。