家族の肖像
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  何か事情があるのかそれとも単に面倒なのか、年末年始に帰省しないという友人を、ついでに実家に招待するなんてのは、別にめずらしくもないよな?
 高校時代からひとり暮らしで、大学に進んでから男二人でルームシェアをはじめ、いわゆる家庭の味≠ノ長いこと触れてないと思われる奴に、俺んちの料理上手なオフクロが作る正月料理を食べさせてやりたいなんてのも、別におかしな理由じゃないと思う。
 ……だからそんなに、ガチガチに緊張しなくてもいいんだぞ、古泉?
「何を言うんですか。しますよ、緊張くらい! お正月に、あなたのご実家で親御さんに会うなんて……」
 最寄りの駅で電車を降りて実家までの道すがら、手みやげを抱えた古泉はさっきから……というか、俺が正月は一緒に実家に行かないかと提案してからこっち、ずーっと緊張しっぱなしだ。疲れないのか。
「お前、高校のときに何度も家にあがってるし、オフクロにもオヤジにも妹にも結構会ってんだろうが。今更だろ」
「あ、の頃とは、違うでしょうっ?」
 古泉はふいに足を止め、並んで歩いていた俺の腕を引いて、無理やり自分の方を振り向かせた。その顔は緊張していると同時にひどく真剣で、俺はなんとなく嫌な予感がじわりと胸に沸き上がるのを感じた。
「仮にも、おつきあい、している相手のご両親に、お正月にご挨拶に行くんですからね。友人の家に遊びに行くのとは訳が違いますっ!」
「っておいおいちょっと待てちょっと待て。まさかお前は俺の親の前で、お嬢さんを僕にください的な例のアレをするつもりじゃないだろうな?」
 すると古泉の奴はますます真剣な顔で眉を寄せ、腕を組んでふむ、と考え込んだ。
「……やっぱり、するべきですか?」
 アホか、と、思わずデコピンをくらわせた。
「正月早々、息子が男と将来を誓うレベルで同棲中だと知らされるなんて、どんな地獄絵図だ。とりあえず親には、平穏な正月を過ごさせてやってくれ」
 まぁ、いずれは言うことになるのかもしれんが……。
「って、なんでそこで上機嫌になるんだよお前」
 額を押さえて痛いと涙目になってたはずなのに、いきなりニコニコしはじめた男をあきれて見た。そのアホは嬉しそうに、将来を誓うレベル、ですかと繰り返しやがる。
 ……まったく、人の揚げ足ばっかりとりやがって!



 まぁ、将来を云々つーのは、いまさら言い訳はしない。
 高校を卒業し大学に進むにあたって始めた、友人同士でのルームシェア。それがどこをどう間違ったのか途中から同棲なんてものにクラスチェンジしちまってから、もう2年だ。その間にもいろいろあって、紆余曲折の結果として俺は、もう一生こいつから離れないって決めてある。古泉はといえば恋人になった瞬間からきっぱりと、自分の方から離れることはありえないと宣言してるんで、そんならもう将来を誓い合ったと同じことだろ?
 などと、誰にともしれん解説をしてる間に俺たちは実家へとたどりつき、古泉は出迎えてくれたオフクロと妹に手土産を渡して、さっきまでの緊張はどうしたんだといいたくなるような卒のない態度で新年の挨拶をした。
「まぁまぁ、古泉くん。おひさしぶり! 不肖の息子が、いつもお世話になってます。さぁ、あがってあがって!」
「こいずみくん、こっちこっち! あのね、あたしねぇ、玉子焼いたんだよ、甘いの!」
 高校のときから古泉のことをえらく気に入ってるオフクロと妹はそれはもう上機嫌で、俺のことなどそっちのけで古泉をリビングに案内し、下へも置かぬもてなしっぷりだ。すでに酒が入ってるらしいオヤジも、わくわくしながら新しい杯を持ってこさせてる。
「君、確かいけるクチだったろ。うちの息子は弱くて話にならんからな。飲もう飲もう」
 うるせえほっとけ。
 一升瓶を抱えて、もはや飲む気満々のオヤジを横目に、俺は古泉の耳元にこっそり囁く。
「大丈夫かよ。からみ酒だぞ、うちのオヤジ」
「まぁ、そのあたりは……荒川さんや森さんに、だいぶ鍛えられましたからね」
 古泉は肩をすくめて苦笑しつつ、ご心配なくと返してきた。そういやあの人たちは俺たちの高校時代、しょっちゅう古泉の部屋で宴会をしてたらしいな。
 ご相伴しましょう、と杯を手にする古泉に、オヤジは大喜びだ。オフクロはオフクロで、そんなに食べきれるわけねえだろという量の料理を古泉の前に並べだし、妹は自作だという玉子焼きばかりを皿に取り分ける。どうでもいいが、お前らかまい過ぎだ。
「やーね、お兄ちゃんったらヤキモチ?」
 誰が誰にヤキモチだって? なんだって俺がそんな。
「えー、あたしきなこ餅がいいー!」
「あ、僕は辛み餅がけっこう好きです」
「とーさんは雑煮だな! 味噌仕立て丸餅はゆずれん!」
「何の話だ!」
「もう、お兄ちゃんったらノリ悪いわねぇ」
 再びほっとけ。つきあってられるか。
「まったく。そのノリ、うちの息子とは思えんなー。いっそ古泉くんが、うちの子になるかー?」
 どうやらかなり酔ってるらしいオヤジが、いきなりそんなことを言い出す。古泉がどう反応するかと一瞬あせったが、奴は落ち着き払った態度でにっこり笑い、ご家族のお許しがあるならぜひ、とか言っている。おいおいと内心で突っ込みを入れていると、オフクロがなぜかマジな口調でボソリとつぶやいた。
「そーねぇ、籍を入れる方法はあるわよねぇ……」
 途端に、オヤジがはっと真顔になった。そして古泉と妹の顔を交互に見やる。あー、そっちか。まぁ、そうだろう。
「い、いかん! いくら古泉くんでも娘は嫁にはやらん!」
 ダメだダメだとうろたえるオヤジをあきれたように見ていた妹が、腰に手を当てて言い返す。
「もー、何言ってんのお父さん。あたしが古泉くんと結婚するわけないでしょー?」
 そして我が妹は、何を思ったかくるりと俺の方を振り返って、にんまりと笑うのだった。
「ね、キョンくん!」
 ……ああ、そんな気はしてたんだが、やっぱりそうなんだな妹よ。勘弁してくれ……。



「……やっぱりあいつ、気づいてやがるな。俺たちのこと」
 やれやれと溜息をついて、俺は二階の自室のベッドに腰を下ろした。たまにしか帰ってこないが、部屋の中はほとんどそのままになっている。
 古泉も隣に腰掛けて、妹さんですかと聞き返してきた。やっぱりこいつも、あの発言に思うところはあったらしい。
「そんな気がしますね。でも、反対されているわけでもなさそうなのが救いです」
「せめて、親にはバレないようにしててくれるといいんだがな」
 あのあと、オヤジはいつか妹が嫁に行く日のことを想像しては愚痴りはじめてやがて酔いつぶれ、オフクロはそんなオヤジにしょうがないわねと毛布をかけて片付けをはじめ、上で酔いでも醒ましてなさいと俺たちを二階に追い立てた。何も気づいてなさそうでホッとしたぜ。
 溜息とともにそうつぶやいて、ベッドに寝っ転がる。そんな俺の隣で、古泉は何を思いだしたのか、ふふっと笑い声をもらした。
「なんだ?」
「いえ、今日は楽しかったなぁと思って。あなたのご家族は素敵ですね。とてもあたたかい」
「そーかぁ? 普通だと思うが」
「そういう普通を、僕は喪って久しいですから」
「…………」
 古泉の家庭の事情がどうなっているのか、実は俺はまだ知らない。両親や兄弟がいるのか、いるのならどこに住んでいるのか、聞いたことはない。ただ機関≠ノ入ってからの古泉が、ずっと親元を離れた生活をしてるってことだけは確かだった。
「……また来ようぜ。一緒にさ」
「はい……ぜひ」
 微笑みをたたえたまま、古泉はうなずく。その笑顔が、高校のときみたいなどこか嘘くさいものでなくなったのは、一体いつからだったか……なんて昔に思いを馳せていたら、古泉は身を乗り出し、真上から俺を見つめてきた。
「いつかはきちんとご挨拶して、本当にあなたのご家族の一員に認めていただけたら、いいなと思いますよ」
「お宅の息子さんを……、か? オヤジもオフクロも泡吹くんじゃねーかな」
「ふふ。なんとかなりますよ。そのうちきっと、ね」
「そうかぁ? ……まぁ、いつかは、かな」
 はい、とつぶやく唇が近づいてくる。……あー、ちょっと待て待て古泉くん。ここがどこかわかってるかね。
「もちろん。ですから……ちょっとだけ」
「ドアに鍵もついてねーんだぞ? 万一オフクロとかに見られたら、どーすんだよ」
「目にゴミが入ったとか言えばいいですよ」
 んな古典的な、という抗議にも耳を貸さず、古泉の手が俺の前髪をかきあげる。俺もそうは言いつつも、強硬にやめさせようとはせずに、やれやれと目を閉じた。
 気配が近づき、そっと唇を――。

 いきなりだった。
 部屋のドアが、なんの前触れもなくバタンと開いた。
「はいはい、どいてどいて! お客さん布団持ってきたから、敷くのは自分でなさいね。ほらもう、そんなの後でやんなさい後で。あ、お風呂も用意できたからね」
 ふいをつかれ、ベッドの上でキス寸前の体勢で俺たちは、そのまま硬直していた。布団一式を軽々と抱えたオフクロは、まるで遊びに夢中で言うことを聞かない子供を諭すみたいに、ちゃきちゃきと指示を飛ばす。
「あんたたち泊まってくんでしょ? あとでいくらでも時間あるんだから、早くお風呂行って行って! あ、歯ブラシもあるから、古泉君、気にしないで使ってね」
 いけないタオルタオルと言いながら、出て行こうとするオフクロ。何も言えずに呆然と見送る俺たちの前でオフクロは、はたと足を止め、しまったという顔で振り返った。
「あっ、もしかしてお布団、いらなかったかしら。お母さん、野暮なことしちゃった?」
 心底不安そうな声。古泉がつい、まともに答えちまったのも無理はない。
「いえ……助かります……」
「そ! よかった! じゃ、お風呂早くねー」
 オフクロは笑顔に戻ると、さっさと部屋から出て行った。確実に俺に遺伝した調子ぱずれな鼻歌が、トントンという足音とともに階下へと消えていく。
 ギギギ、と音がしそうなぎこちなさで、古泉が俺の身体から腕をはずす。微妙な空気が、部屋中に立ちこめていた。落ち込んで見える古泉に、俺はかける言葉を探しあぐねたあげく、目をそらしてぽつりと言った。

「……なんかごめん」
「いえ……」


                                                      END
(2013.01.13 up)
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インテの初恋☆プチオンリーにエア参加するべく作った無配ペーパー。
そのわりには、プチのテーマの初恋にかすりもしてません!

ちょこっとだけ修正いれましたー。