瞳閉ざさず愛を語ろう
07

「ひっでぇな」
「……まったくです」
 1回2回ではおさまらず、回数を数えるのも忘れてさんざん抱き合ったあとに我に返ってみれば、彼が着ているセーラー服は見る影もなくぐちゃぐちゃのどろどろだった。
 最後まで、とりあえず着せたたままだったのも我ながらどうなのかと思わないでもないが、リボンタイはすでにどこに行ったかわからないし、上着は裾が限界までめくりあげられてシワシワだし、スカートはホックもはずれジッパーも全開になって、かろうじて腰のまわりにまといついているだけだ。オマケに上も下もニーソックスも、汗やらどちらのものともしれない精液やらなにやらに、ぐちゃぐちゃにまみれている。
 もちろん同じくらい、彼自身の身体や顔もぐちゃぐちゃ。そんな姿のまま、しどけなくソファでぐったりしている姿は、倒錯的というか扇情的な危険物としか言いようがない。写真にでも撮っておきたいところだが、そんなことをしたら確実に彼を怒らせてしまうから、脳内フォルダにできるだけ鮮明に焼き付けるしかないだろう。
 そんな僕の思惑に気づかず、彼は自分の姿を見下ろして、やれやれと溜息をついた。
「クリーニングに出すわけにもいかんし……どうすんだコレ」
「かまいませんよ。返せとは言われてないですから、適当に洗濯機で洗って……そのうちにまた、着てくださいよ」
「やなこった。お前が着ろ」
 ぷいと横を向いて吐き捨てる彼に、いいですよ、なんでしたらもう1着調達してきて二人して着てみますかと提案したら、ニーソックスを履いたままの足で蹴りつけられた。
「お前、ホントにコスプレ趣味ないのか。とても信じられんぞ」
「嫌いじゃないですよ? ナースとか……ああ、北高の男子制服も、今着ればコスプレと同じかもしれません。確かとってあるので、探しておきましょうか」
「お前な……」
「もちろん、服の中身はあなた限定ですけどねっ」
「うるさいこの変態っ!」
 思い切り両足で、がしがしと蹴りつけられた。さすがに痛かったので、そう言いつつ手で防御して攻撃を避ける。ああでも、そんな姿勢で足を上げては丸見えですよ? スカートなのだし、いろいろと。
「うるせぇ! 腰がダルくて起き上がれねえんだよ。誰のせいだ!」
 申し訳程度にスカートを押さえつつ、彼は拳を握りしめた。鉄拳が飛んで来る前に、あわてて苦笑いで謝ってみる。
「あはは……すみません、たまってたもので……」
「ったく……」
 ぶつくさと文句を言いつつ、彼はゆっくりとソファの上で身体を起こす。あわててそれに手を貸して身体を支えると、ソファに座り直した彼はどこか痛んだのか顔をしかめた。
「2週間くらいでこれかよ……」
 独り言のように彼は、油断も隙もないなとつぶやく。シャワーでも浴びたいところだろうが、もうしばらくは動けなさそうだと察して、僕はとりあえずタオルをお湯で濡らして持ってきた。どろどろのセーラー服を脱がせて背中や腕を拭いていたら、彼が振り返らないままでボソリと言った。
「それで……結局なんだったんだよ。この2週間」
「ああ……ええと、それは」
 つまるところは僕の勘違いというか空回りだったわけで、説明するのは少々恥ずかしい。だが恐らく、彼を悩ませてしまった原因だと思われるので、ちゃんと話すのが誠意ある態度というものだろう。手を動かしながら、どこから話すべきなのかと考えていると、彼は少しだけ視線をこちらに向けた。
「まぁ、例の慰労会のときになんかあったんだろうってのはわかってるぞ」
「はい……それは」
「俺はてっきり、機関の可愛い女の子に迫られて、どっかに連れ込まれでもしたのかと思ってた」
「じょ、冗談じゃないですよ。僕、あの時はほんっとうにベロベロに酔ってて、後半の記憶がさっぱりないくらいなんですから。たとえ連れ込まれたとしても、爆睡以外の行動がとれたとは思えません」
「ふぅん?」
「本当ですよ?」
 彼はまだ少々不審そうだったが、それでも機嫌は目に見えてよくなった。ぽふ、と寄りかかってきた身体が、かろうじて腕の中におさまる。
「人のこと、酒に弱いとかさんざん言っといてそれか。だらしねえな」
「そんなこと言われても、生のままのラム酒とかウォッカとか、ものすごい勢いで勧められたんですよ。酔うなという方が無茶ですって」
「だったら飲むなよ」
 バーカ、と笑う彼が、上を向いて僕の前髪をぐいぐいと引っ張ってくる。痛いがなんだかじゃれつかれてるみたいで、なかなか悪くない。それでも、やめてくださいよと心にもないことを言ってみたら、さらに強く髪を引っ張られて、しまりのない顔すんじゃねえよ恥ずかしいな! と理不尽に怒られた。それが嬉しいのもまぁ、仕方のないことだろう。
 僕は彼の髪に顔を埋めて、ぼそぼそと懺悔の言葉を紡いだ。
「……会長に」
「ん? 会長って、あれか。高校んときのエセ生徒会長?」
「エセって。……まぁ、そうですけど」
「あいつに、なんか言われたのか」
 くすぐったいのか腕の中で身動く身体を、さらにきつく抱きしめて、僕は彼の耳元につぶやきを落とした。
「お前は、重すぎる……と言われまして」
「…………」
 彼が黙り込み、こちらを振り向いた。真摯な瞳が、じっと僕を見る。
「それならば、少し自重するべきかなと思って……ちょっとやり過ぎました」
 すみません、と心から謝罪して、髪に顔を埋めたまま目を閉じる。本当に、僕はバカだった。
 さりげなく置いたつもりの距離が、彼を不安にさせた。自分の身体が、女性のような快楽を与えうるものでないことを密かに引け目に感じていた彼の、内なる恐怖を暴いてしまった。そんな風に彼が思っていてくれていると、まったく気がついていなかったなんて。
彼のことをさんざん鈍感だ鈍すぎだなどと言って、申し訳なかったと思う。
「古泉……」
「はい……」
 彼の手が、そっと僕の頬をなでる。なだめるように、甘やかすように、その手は何度も頬に触れ、唇に触れた。耳元で彼が小さな声で、バカだな、とささやく。
「そんなに重かないぞ、お前は。……俺には、ちょうどいいくらいだ」
「……本当ですか?」
「ああ……」
 ちょうどいいって。我ながらどうかしてると思うくらいなのに、それでかまわないと、彼は言ってくれているのか。そんなに僕に都合のいいことでいいんですか?
 頬に触れていた彼の手が、すっと下がって、僕の腹のあたりをなでた。

「お前の身長なら、このくらいの体重がベストなんじゃないか?」

「………………はい?」
「そりゃ、全体重かけてのしかかられりゃ重いけどな。……するときは別に気にならない程度だし。だから、そんなに自重することもないと思うぞ?」
 あのー……あなた一体何を……。
 などと言い出すヒマもなく、彼はするりと僕の腕の中から抜け出してしまった。床に落としたままだったセーラー服を拾い、ああ、まだ腰が痛てぇとボヤキつつバスルームへ足を向ける。
「シャワー浴びてくるわ。身体中どろどろだし」
 取り残された僕は、彼が抜け出した姿勢のまま、ソファの上で固まっていた。
誰が、鈍感じゃないって?
もしかしたら違うのかも? 鈍いだなどと言って申し訳ない?
……前言撤回だ。本当に彼は鈍感の極みだ。まったく、もって!
「あの……っ! 重いというのはですね、そういう意味じゃ」
「んー?」
 振り返る背中に、せめてこの件ばかりは訂正をと必死で追いすがる。
だが彼は、もうその話は終わりだとばかりに、肩をすくめてリビングを出て行ってしまう。
 待ってください! と止める僕に、バスルームに入る直前、彼はもう一度振り返り、ニヤリという笑いを投げてきた。

「まぁ、そういうことにしとけ」

 バタン、とバスルームのドアが閉まる。
反響する水音ともに、彼の調子っぱずれな鼻歌が聞こえだし、彼の一言に硬直していた僕は、その場にへたり込んだ。

 ああもう、まったく。
 本当に彼にはかなわない。
 全面降伏、ということでいいですかね?


                                                      END
(2011.07.31 up)
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これにて終了。
一応、これの前の疑似裸エプロンのお話と対になる予定だったもので、
キョンのこだわりに関するテーマの完結編のつもりでした。。
書いてるうちにどんどん方向性がズレていきましたが orz

さて、吹っ切ったキョンが今後どうなるかに期待(したい)。