楽園まで何マイル?
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 壁にかけた時計を見て時間を確認し、鍋をコンロにかける。
野菜の水気をざっと切ってザルにあげ、下準備の終わった肉を冷蔵庫から出しておく。味噌汁はあまり時間をおきたくないから、メインを作る直前にやればいい。
だから仕上げは、古泉が帰ってきてからの作業になる。
 俺は濡れた手を拭いてから、ソファに転がしたままだった携帯を拾いあげた。フリップを開けて、昼過ぎ頃、あいつが送ってきたメールをもう一度確認する。実験が一段落するので今日は7時頃には帰れます、という申告は、さて何日ぶりだったかな。


 季節は夏。大学生である俺たちは、かなり長めの夏休みの真っ最中だ。
 だというのに、古泉は連日のように大学の研究室に詰めている。話には聞いていたが、課題とバイトぐらいしかすることのない文系の俺と違って、理系の学生ってのは本当に忙しい。まぁ、古泉の学科が特別忙しいんだろうが、実験が始まると3、4日帰って来ないこともザラで、帰ってきたらきたで山のようなレポートと格闘している。事前準備だといいつつ大学の図書室に籠もることも珍しくない上、課題も多そうだし本当にご苦労さんだ。学校と団活とバイト≠ノ明け暮れていた高校の頃と、どっちが忙しいのかね。
 それでも古泉は、必死で時間を作っては家に戻ってくる。時々は夕飯を食べるほんの数時間だけですぐに大学にとんぼ返りだったりすることもあるから、無理に帰って来ることもないんじゃないかと言ってみたら、3日あなたの顔を見ないでいたら禁断症状が出ますから、と真面目な顔でほざいた。
 反射的にアホか、と返しちまったが、もちろん嬉しかった。
嬉しくないわけあるか。だって俺たちは、3年間の片想いを経てつきあい始めてまだ数ヶ月で、ついでに言うならつい先日ようやく……えーっとまぁ、そういう深い関係、を持ったばっかりの恋人同士なんだからさ。俺の顔が見たいがために息せき切って帰ってきてくれるなんて、そりゃ恋人冥利に尽きるってもんだろう?


 さて、一応言っておくが、俺と古泉は双方とも男だ。
世間一般的に見て、これがあまり常識的でない関係だってのは承知している。が、だからやめようってわけにはいかないのが、恋愛感情の困ったところだ。
 ちなみに俺も古泉も、もとから同性が好きという性癖の持ち主ではない。……と、思う。
いや、古泉のは聞いたことがないからあれかも知れんが、俺の場合は初恋の相手もれっきとした女性だったし、高校時代は朝比奈さんに憧れてたし、長門も可愛いと思ってたし、ハルヒのことも好きだったから、というのが根拠といえば根拠なんだが……。でも、それらの想いはどれも古泉に対するものとはまったく違っていて、その……いわゆる“本物”の恋愛感情を抱いたのは古泉相手が最初で、恐らく最後になると思うから、実のところよくわからんというのが本音なのかもしれん。
 俺たちは同じ高校の同学年で、三年間同じ部活――まぁあれを部活と言っていいならだが――の仲間で、少々特殊な事情があって一緒に事件やらもめごとやらの解決のために奔走した、いわば戦友のようなものだった。
 出会ったときの第一印象はうさんくさいヤツ、で、最初は警戒心しかなかったな。
だってなぁ。あいつは、顔と頭と運動神経と三拍子揃ってる上に性格まで悪くないなんていう、なんだそれチートかよって言いたくなるほどのフルスペックだったんだ。同じ男として、面白くないと思っちまうのはしかたないだろ。常識的に考えて。
 だけどその特殊な事情♀ヨ連で一緒にいくつもの修羅場を乗り越えて、頼りになる、信頼に値するヤツだと知り、ついでに見かけからは想像もつかないダメな部分も知るにつれ、警戒心は消えてちょっとづつ友情みたいなものが育っていった。
 それがいつのまにか恋心へと成長しちまってたことに気づいたのは、いつだったかな。たぶん1年の終わりに経験したあの……長門が改変した世界で、俺を知らないあいつに出会ったときだろうか。
 その前から俺は、薄々思ってたんだ。古泉は、ハルヒが好きなんじゃないかって。あっちの世界ではっきりとあいつからそう告げられて、ああ、やっぱりかと思った。そこで俺は、自分の気持ちが恋だったんだと気がついた。自覚と同時に失恋なんてシャレにならんなと自嘲したが、なかったことには出来なかったんだから、我ながら往生際が悪い。
 だがそれから約二年半、しつこく想い続けていた甲斐あってというかなんというか、実は両思いだったことが判明したのが、ほんの二ヶ月ほど前。俺の臆病のせいでまた古泉を無駄に悩ませて、ようやく身体ごと結ばれたのがやっと数週間前のことだ。まったく、カメのごとき歩みだぜと言うしかないが、俺たちには普通よりも障害がありすぎるほどあったんだ。こうやってうまくいったことが、奇跡だって思えるくらいなんだぞ。


 たぶん今頃、古泉は家に向かって必死に帰路をたどっているころだろう。最後に受信した、これから帰宅しますというメールから逆算すれば、そんな感じだ。
 もう一度時計に目をやってから、俺はソファに腰掛けて、つけたままだったテレビに視線を向けた。テレビの画面では、お笑い芸人とグラビア系のアイドルが、楽しそうにトークに興じている。アイドルが着ているボディラインを際立たせるワンピースを観るともなしに眺め、その豊満なバストから、ふと自分の真っ平らな胸に視線を移動させた。
 はじめて身体をつないで以来、ここ数週間のうちに俺たちは何度かセックスした。古泉はどうだか知らんが俺にとっては全部がはじめての体験で、正直まだ何が何だかよくわからない。というか、毎回どうなってんだこれって思うくらい気持ちよくてたまらなくて、途中から意識も飛びがちになるせいだろう。
 普通、未経験の人間は、初体験からいきなり気持ちよくなったりはしないものらしいな。それなのに俺が毎回あんなことになるのは、特別に俺が淫乱だからってわけじゃないなら、たぶん古泉が、これ以上ないってくらい丁寧に、とにかく俺のためだけを考えて奉仕してくれてるからなんだと思う。
 それはすごくありがたくて嬉しいことなんだが……古泉自身はどうなんだろうと、考えざるを得ない。テレビに映るこのアイドルの子みたいに、触るといかにも柔らかそうな皮下脂肪もついてない、ごつごつした俺のこんな身体抱いて、面白いんだろうか。
 はじめてのときにも確か、そんなことを言った覚えがある。そのときあいつは、あなたを見ているだけで欲情しっぱなしです、なんて答えてたが、本当に俺のどこを見てそんな気になるんだろうな。
 そりゃあ、好きな相手なら無条件で好ましく見えるって心理は、俺にだって理解できる。それでなくても古泉は顔も中性的な美形で、髪の毛はサラサラできれいだし、肌も白くて、身体にもしなやかな筋肉がバランス良くついていて、女から見ても、たぶん男から見ても魅力的だろう。俺は古泉に惚れてるから魅力数割増しに見えてるんだろうし、触りたい抱きしめたいかじりつきたいなんて思っちまうのはしょうがないが、そうじゃないヤツから見ても欲情の対象になるってことはありえるんだろうよ。
 でも俺はなぁ。顔も身体も、どこをどうみても平凡な一般的な男だ。惚れた欲目があるとしても、一体どこに欲情する要素があるんだろうな? わからん。
 いや、決して自分を卑下して卑屈になっているわけではないぞ。ただ俺は古泉のためにも、もうちょっと自らの性的魅力をアピールする努力をするべきなんじゃないだろうかという話だ。
 そこまで考えて、俺はもう一度テレビの中で笑っているアイドルに目をやった。身体に自信のある女なら、ああいった露出高めの服で自分の魅力をアピールするんだろう。だが俺が今現在着ているのだって、タンクトップに短パンという極めて露出度の高い服装だ。しかしながら、これで性的魅力がアピールできているかというと微妙だな。ただのラフな服装としか言えんだろうさ。
 自分の可愛さに自信のある女なら、上目遣いに見つめたりにっこり微笑んだりするんだろう。朝比奈さんは天然だと思うが、まさにそんな仕草が彼女の魅力を際立たせていた。が、あれをやれと言われても無理というものだ。俺がやったってキモイだけだろう。断言する。
 そういえば長門の魅力はどこだったか。ハルヒは? まぁ、分析できたとして、あの二人の真似をしろってのも、どだい無茶な話だ。

「やれやれ……」
 考えても不毛な限りだな。男相手に男が性的魅力をアピールする方策なんて、完全に理解の外だ。誰かこういう方面にくわしい知り合いでもいないもんかね。
 難しい議題をとりあえず放りだして、俺はソファから立ち上がった。さて、そろそろ味噌汁の支度でもするか。ちょうど、古泉が到着する頃あいだろうからな。
 小鍋に水を張って火にかけたとき、玄関のドアが開く音が聞こえた。ついで閉める音、施錠する音、チェーンをかける音、廊下の床がきしむ音と続く。どうやら帰ってきたな。


「ただいま帰りま……」
「おかえり古泉。メシ、すぐできるぜ」
 ちょうどテーブルに食器を出したところだったから、そう言いつつ顔をあげると、古泉がリビングの入り口で固まっていた。肩にかけていたバッグが、ドサリと床に落ちる。どうしたんだお前。
「なんだよ。どうかしたのか?」
「あなた……なんですかその格好は」
「ん? ああ、このエプロンか?」
 俺は古泉の視線を追って、自分の姿を見下ろした。そんなに変かね。
「こないだ実家に行ったら、オフクロに使ってないエプロンがあるからよければ持ってけって言われてさ。換えがなくて不便だと思ってたから、もらってきたんだ。まぁ、オフクロの趣味だからこんなフリフリだけどな。家でしか着けないんだし、いいだろ別に」
 たしかにピンクのフリル付きエプロンを、いい歳こいた男が着けてる様は滑稽だろうが、固まるほどおかしいか?
 すると古泉は眉を寄せたまま、ゆるゆると首を振った。
「下に着ているのは……タンクトップと短パンですか?」
「ああ。暑いしな」
「あなたは今のご自分がどんな姿に見えるか、わかってるんですか」
 は? 何を言われているのか理解できずに俺が首をかしげると、古泉はその場にしゃがみこみ、顔を伏せて溜息をついた。なんだ、そんなに疲れてんのか。
「あのですね。僕は、実験のために研究室に詰めきりで、ここ2,3日仮眠しかとってないんですよ。食事もコンビニのおにぎりとかカップラーメンくらいしか食べてません」
「そうか。大変だな」
「つまり、体力の消耗が激しく、疲労もかなり限界なわけです」
「だろうな」
「ところで、体力消耗の度合いと性欲の高まりが反比例するという事象は、あなたも男ですから知っていますよね?」
「まぁ、一応は知ってるぞ」
「――だったら!」
 いきなり立ち上がった古泉は、はおっていたシャツを乱暴に脱ぎ捨てて、ずいっと俺との距離をつめてきた。

「そんな状態の恋人の目の前に、裸エプロン同然の姿で出てきた責任を取る気はあるんでしょうねっ!」

「はぁ!? 裸エプロンって……おま」
 お前は何を言ってるんだ、という言葉は、途中で途切れた。いきなりすごい力で抱きしめられ、唇をふさがれたからだ。強引に割り入ってきた舌に舌をからめとられながら、あっという間にシンクまで追いつめられる。逃れる隙もないキスにぐらぐらする視界の端で、古泉が片手でコンロの火を止めたのが見て取れた。
 お前、なんでこんなときばっかり器用なんだよ。



 シンクの縁に寄りかかるような体勢で立たされ、エプロンはつけたまま、下着ごと短パンだけを脱がされた。足下にしゃがみこんだ男は、エプロンの中に潜り込むような形で頭を突っ込み、俺のアレを咥えている。じゅぷ、とかぴちゃ、とかいう水音とともに生温かい感触が俺を包んで、とんでもない快感を与えてくる。
「……っく……こいず……も……俺っ……」
 正直、足がガクガク震えて、もう立っていられない。後ろ手にシンクの縁をつかんで身体を支えつつ、絶え間なく襲ってくる快感に身を震わせる。古泉の舌は執拗に裏側を舐めあげ、かと思えば先端をえぐるように責めてくる。腰をかかえるようにしている右手が、ときどきさぐるように後ろに触れて、そのたびに俺は変な声をあげることになった。
「……うしろ……っ……さ、わんな……って」
「痛いですか?」
「ちが……けど……」
「じゃあ、気持ちいい?」
 俺が答えられないのを見て取ると、古泉は舐めるのを中断して立ち上がり、また口づけてくる。背後でガラスのぶつかる音が聞こえたと思うと、やつはまたしゃがみこんで、再び俺を咥えこんだ。
「っん……ぁ!」
 さっきまでよりもさらに激しく、舌が動く。おまけに何をしこんだのか、後ろにまわった指がぬるりともぐりこんで、中を侵し始めた。
「な、なに……」
「ご心配なく。オリーブオイルです。……香油の一種ですから、大丈夫ですよ」
 咥えたまま器用にしゃべる。多少くぐもってはいるが発音は明瞭だ。が、舌や唇が不規則に動いて俺を刺激し、しかも大丈夫だと証明しようというのか、後ろに差し入れた指を大きく抜き差しするものだから、ぞくぞくと這い上る快感に声も殺せない。
「や……! っあ、あ……っ、……も、っあ」
 前と後ろと、同時に襲ってくる刺激に耐えられない。頭の中がぐるぐるする。こみ上げてくる射精感に目を閉じ息をつめて、ぐっと腹に力を入れた。
ガクガクと足も腕も痙攣し、目尻に涙がにじんでくるのがわかる。
「ふ……っく……イ……きそ……っ」
 もうちょっと……もうちょっと……で……。
 と、その瞬間を見極めたように、突然、古泉の動きが止まった。同時に根本を、痛いくらいの力でぎゅっとつかまれる。
「いっ!」
 吐き出される寸前だった欲望が、せき止められる。行き場をなくした熱が、出口を見失って身体を炙った。
「なっ……なにしやが……っ」
 立ち上がった古泉の左手が、俺の両手首をまとめてつかむ。そのままくちづけられ、目尻の涙をなめとられた。ビクビクと身体が震える。頭がおかしくなりそうで、俺は思わず身もだえて苦鳴をもらした。
「う……ぁ……」
 たぶん俺は今、最高に情けない顔をしている。こらえきれない情欲に灼かれながら、涙を浮かべて懇願するような目で、目の前の男を見ているはずだ。古泉はそんな俺の顔やら、乱れたエプロンやら、震えながら必死に立っている足やらを眺め、うっとりと目を細めている。
「すごく……そそられます……」
 その表情に、その瞳の中に、まぎれもない欲情の色を見て取る。
本当に、本気で、こいつはこんな俺の姿に興奮してるのか。
「こっ……こいず……もう……っ」
「おねだりなら、もうちょっとこう、上目遣いな感じで言ってみてくれます?」
「なん……っ」
 何なんだこいつは、とは思ったが、とにかく俺はイキたかったんだ。他のことはもうどうでもいいくらいにな。だから俺は、すがるような目で古泉を見上げて、消え入りそうな小さな声でつぶやいた。
「も、いっ……いかせて……」
「…………っ!」
 とたん、古泉はかみつくように唇をふさいできた。舌をからめとられながら、身体の向きを変えさせられる。背後からのしかかるように覆い被さられたから、思わずシンクの縁にしがみつくと、古泉の左手がするりとエプロンの胸当て部分の横から中に潜り込む。根本を押さえていた右手がはずされ、痛いくらいに勃っているそれがつかまれた。
 そのまま耳をかじられ乳首をいじられ、さらにそこをしごかれる。同時に襲ってきた強烈な快感に、俺は声をあげて全身を震わせた。
 唾液と先走りでどろどろのソレが、グチグチといやらしい水音をたてる。全体を激しく上下にこすられ、さらに先端部分をぐりぐりといじられて、もうとっくに限界ギリギリだった俺はあっという間に追いつめられた。もうダメだ。もうイク。
「は、うぁ……っも、もう……っああ!」
 声も殺せずに、ものすごい勢いでイッた。悲鳴じみた声をあげながら吐き出した白濁は、たぶん大半がエプロンにかかっただろう。ガクリと力が抜けて床に座り込みそうになった身体を、だが古泉は強引にひっぱり上げた。
「ダメですよ……ちゃんと立って」
「や……も……」
 シンクに腕をついてくたりと体重をそこにあずけ、尻を突き出したような体勢にさせられる。半端にほぐされていた後ろに、さらに指が突っ込まれた。スムーズに出入りする指の動きにあわせて声をあげながら、情けない格好だなんて思ったが、すぐにそんな余裕はなくなった。中でうごめく指が前立腺をさぐり当て、そこを容赦なく責め立てはじめたからだ。
「ひ……! っあ……んぁ」
 とても自分のものとは思えないような甘い声が、ひっきりなしに喉から漏れる。快感に思考を飛ばして、時間の感覚すらなくなったころ、背後から余裕のない古泉の声がした。
 入れたいです、と聞こえたから、うんと答えたら、すぐに俺の中に異物が押し入ってきた。
腰を押さえられたまま突き入れられ、深いところまで届く感覚。やっぱりこの体勢だと動きやすいのか、一段と激しく突き上げられ、俺は必死にシンクにしがみついた。
「っあ! あっ、いっ……!」
「痛い……ですかっ。苦しい?」
「だ……じょぶ……っ」
 痛いけどそれよりもやっぱり気持ちよくて、意識が半ば朦朧としたまま、俺はひたすらにこいずみ、こいずみと繰り返す。突き上げる動きはだんだん早くなっていった。
 背後からぎゅっと抱きしめられて、熱い息が耳にかかる。苦鳴にも似た息づかいの中で、小さく叫ぶ言葉を、確かに聞いた。
「もう……あなたはなんだってそんなに……」
 そんなに……なんだって?
「なにからなにまで、僕を煽るんですか……っ」
 なんだそりゃ……と本日何回目かの感想とともに、俺は腹の奥に熱を感じて、また声をあげた。



「だって、あなたがいけないんですよ。あんな格好で……」
「……なんだって?」
「いえ、ごめんなさい申し訳ありません反省してます」
 だるい身体を押して作ってやった夕飯を前に、しゅんとうなだれる馬鹿1人。
とりあえず、反省してるのはわかったからメシを食えよ。かなり遅くなっちまって、正直作るのは面倒だったんだが、材料がもったいないし腹も減ったから作ったんだからな。
「あんな格好もなにも、俺は普通の服装にエプロンしてただけだっつの」
 汚しちまったこともあり、ホントに勘弁してくださいと古泉が懇願するので、とりあえず今はエプロンは着けていない。
 まぁ、俺のあんな格好に欲情するなんて、よっぽど疲れてるってことなんだろう。前触れもなくいきなり盛った上に、やけにSっぽいやり方をしやがった今回の始末は、そういうことで水に流してやると言ったのに、古泉は不満げな顔だ。
「そりゃあ疲れてるのは事実ですが、そのせいだけじゃありませんよ」
「何がだ」
 早く食えよとせかすと、古泉はいただきます、と手をあわせてから箸と味噌汁の椀を手に取り、ふくれっ面で俺を見る。可愛くねえよ。やめろ。
「前に言ったでしょうが。あなたを見ているだけで、僕はいつでも欲情しっぱなしだって。まぁ、さすがに四六時中そんなことばっかり考えてたら身が持ちません、というか日常生活がおくれませんから自制はしてますけど、ふいうちであんな姿見せられたら、タガもはずれるってものですよ」
「だからあんなって言われても」
「フリル付きエプロンに隠れて、その下に着てる物はほとんど見えてなかったんです。ちゃんとご自分の姿がどう見えるか、鏡ででも確認してくださいよ。僕は起きたまま夢でも見てるか、それとも自分の妄想が現実化したかと思いました」
 妄想っていうと、お前は俺のああいう姿を望んだことがあるってわけだな。
ま、お前が本気でそれを言ってるんだってことは、さっきのアレで納得した。
本当に物好きだよなぁ、お前も。
「まぁ、あれか。蓼食う虫も好き好きっていうしな」
 もうちょっと魅力アピールの必要があるかと思ってたが、ますますやり方がわからなくなったぞ。蓼好きな虫の反応するアピールポイントなんて、わかるわけがない。
 やれやれ、とつぶやいて顔をあげたら、古泉は箸をとめて妙な顔をしていた。
「ん?」
「あなたって人はどうしてそう……」
 なんだよ、と聞き返したら、古泉ははぁ、と溜息をついて肩をすくめた。
「いいです、もう。あなたは、そのままでいてくれた方が」
「……なんとなく失礼なことを言われてる気がするのは気のせいか?」
「ええ。気のせいですよ」
 鈍感め、とか聞こえたのも気のせいなのか。
釈然としない部分も残るが、まぁ、いいか。基準はよくわからないが、古泉の目に俺が魅力的に見えてるというんなら、それでかまわんだろう。他の人間には、どう見えてようが関係ないし。
 俺はちょっと焦げ気味の生姜焼きを箸でつまんで口に放り込みつつ、ひとつだけ今回わかったことを確認する。
「そうだな。とりあえず」
「なんですか」
 ヤケクソのように味噌汁をすすりながら、古泉がなげやりに聞き返してきた。俺はなかなかいい出来だな、と料理の腕を自画自賛しながら、鷹揚にうなずいてやった。
「お前が、コスプレもの好きだってことは把握したぞ。マニアックだな」
 ……味噌汁を吹くなよ。落ち着きのないやつだな。
テッシュの箱を渡してやったら、古泉はまだゲホゲホと激しくむせかえりながら、涙目で違いますぅ〜なんてわめきだした。
 まぁ、そう照れんなよ。なぁ?




                                                      END
(2010.08.22 up)
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激しくニブキョン。

大学生編では初のキョン視点。
このシリーズのキョンはなんとなく落ち着いている感じがするので、実は内面では
どう思ってるのか書くの楽しいです。とりあえずニブいらしいということはわかった(笑)