うたかた〜雪山症候群・閑話〜
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  ――どう考えても、これは現実ではありえない。

 どれだけ贔屓目に見ても怪しさ満点な、吹雪の洋館に誘い込まれて数時間。理由も原因も、ましてや脱出方法などわかるはずもない。衣食住には何も不自由はないが……いや、不自由ないのがかえって不信感をあおる。
「涼宮さんの力でも、機関≠フお膳立てでもないのは確か……となるとやはり、頼りになるのは長門さんだけだな……」
 5人でそれぞれ1部屋ずつ。割り当てられた部屋の中央に立って腕を組み、古泉一樹はしばし考えをめぐらせた。だが、いくら考えてみても思考は堂々巡りを繰り返すばかりで、妙案など思いつきそうにない。やがて古泉は組んでいた腕をほどき、天井を仰いでため息をついた。もうこれは、様子を見る、という選択肢以外をとりようがない。
「やれやれ……、しょうがないですね。ここは彼の提案どおり、一眠りして今後に備えることにしますか……」
 そう。彼も今は、この隣の部屋で眠りに付こうとしているはずだ。
 ――もし今、ここに閉ざされたのが、彼と自分の二人だけだったら。
 ふと、そんな埒もない考えが脳裏をよぎる。古泉はその思い付きを追い出そうとするかのように、頭を激しく振った。……バカバカしい。だったらどうしたというんだ。
 壁のスイッチで部屋の照明を消し、薄闇の中を歩いてベッドにもぐりこむ。役に立つかは不明だが、念のため腕時計のアラームをセットしてサイドボードに置き、身を横たえて上掛けを引っ張りあげた。
 ――聞こえるはずのない声が聞こえたのは、そのときだった。
「古泉、もう寝るのか?」
「……えっ?」
 部屋のカギは確かに、かけたはずだった。
 扉が開いた音も聞こえなかった。
 でも、たしかに彼はそこにいた。
「ちょっといいか……古泉」
 仏頂面をしていることの多い彼が、めずらしく微笑みを浮かべて立っていた。着ているのはなぜか、最後に見たときのTシャツとイージーパンツではなく、白いパジャマの上下。薄闇の中に、ぼんやりと浮かび上がる。
「え……どうした……んです、か……」
 知らず、喉がごくりと鳴る。3つめまでボタンをはずした襟元からのぞく、白い首筋から目が離せない。皆からキョンと呼ばれている少年は、言われて軽く首をかしげた。その仕草が、彼をいつもより幼く見せる。
 落ち着け、と心の中でつぶやいて、古泉は半身を起こしてベッドサイドのスタンドをつけた。オレンジの光があたりをやわらかく照らし、それはあの孤島でのひと時を思い出させた。
「ん……。なんていうかさ……」
 そう言いながら、キョンは古泉の方に近づいてくると、ベッドに腰掛けた。向かい合わせに座っていたあの時より、さらに近くに彼を感じる。
「なんだか、急に不安になったっていうか……」
「……不安、ですか?」
 冷静に冷静に。いつも通りの取り繕った笑顔で。
 自分にそう言い聞かせつつ、引き攣っているに違いない笑顔を浮かべて、おそらく事後策の相談に来たに違いない彼に対応する。だって、他に彼がこの部屋にくる用事なんて、あるはずがない。
 だがキョンはいつものように皮肉な口調になることもなく、体をひねって古泉の方に顔をむけた。上目遣いでにらみつける瞳に、動悸が早くなる。
「お前のせいだぞ」
「ぼ、僕の?」
 思わず上ずった声になりながら、古泉はあとさじった。いつもならこんなに近づいたら、顔が近い! と一蹴されるに違いない距離。彼はその距離を、さらにつめてくる。
「もしかしたら、俺たちそのものがコピーかもしれない、なんていうから。なんかこう、急に自分の存在が希薄になっちまったみたいな……」
 じっと、見つめながら彼が言う。
 オレンジに染まる部屋の中、陰影に縁取られた彼の瞳が、照明を反射してうっすらと光る。聞こえるのは、窓をガタガタとゆする雪風の音ばかり。
「お前のせい、だからな」
(――やばい)
 古泉は、ドクンと激しく鳴った自分の心臓の音を聞いた。
 めまいがする。これは夢、なのか。
 だが、腕に当たる彼の体は熱を帯びている。
 その実在感。
 ――自覚したのは、いつごろかわからない。
 気が付いたらもう、自分にとって彼の存在は、そういうものになっていた。涼宮ハルヒという神に知られたら、何が起こるかわからない。それは機関≠ノ対しても、地球人類全部に対しても、裏切りに他ならない。だがわかっていても、加速するように堕ちていく気持ちだけはどうにもならないのだ。
 告げなくていい。知ってもらわなくていい。もとより、成就してはいけない想いなのだから、このままの日々が、ただ過ぎてくれればいい。そう思って、表面上は普通の友人として接してきた。ずっと。
 それが、何故……?
「あの……」
「ん……?」
 潤んだ瞳で、どこか挑戦的に見つめてくる。薄く唇を開いた、その表情は……。
(――誘って……る?)
 そんなバカな。そんな都合のいいことがあるわけはない。
 これはきっと、何かの間違いだ。
 理性はそう言っていたが、手はそっと彼の方に伸びていた。サラリとした感触の布に包まれた肩に手を置いても、それは逃げる気配を見せなかった。
「あなたは……何をしに、ここに来たんですか……?」
 すると彼は、肩に置かれた古泉の手に自分の手を重ね、ふと困ったような笑みを浮かべた。
「希薄になっちまった自分と……お前の存在を、確かめるため、かな……」
 その瞬間、何かがはじけた気がした。
 手を置いていた肩を抱き寄せ、くちづける。そのままの勢いで彼の体をベッドに押し倒し、腕を押さえつけて唇を割って、舌をもぐりこませた。
「ん……っ」
 熱くぬめったその舌を、思うさま蹂躙する。彼は嫌がるどころか、積極的にその舌に応えてきた。……何かがおかしい。そんな思いがひらめいたが、もう止められない。
(――夢だろうと、何かの罠だろうとかまわない……。今だけ……今だけ許してください……!)
 一体誰に乞うているのか……。自分でも定かではなかったが、祈らずにはいられなかった。


 夢の中でなら、妄想の中でなら、何度も抱いた。
彼の反応を想像して、幾度も彼を汚した。
でも今、この手に唇に感じるのは、現実の彼の体。
聞こえるのは、熱く自分の名を呼ぶ彼の声。
「あ……こい……ずみ……」
 丁寧に脱がせる余裕などなかった。パジャマのボタンを引きちぎり、はだけさせた胸にくちづける。淡く色づいた突起を舌で刺激し歯を立てると、彼の体はビクリと震え、こらえきれない声がもれる。うわずってかすれたその声が、古泉をさらに煽り立てた。
「んくっ……!」
「……ここが、いいんですか?」
 舌で胸から臍のあたりまでたどりながら、パジャマの布の下で形を変えつつあるものを手でさすりあげて反応を見る。布越しにくわえられる刺激がもどかしいのか、キョンは足をすりあわせて声を必死にかみ殺している。直接触れて欲しいという彼の望みに気づきつつ、古泉はわざと布越しに、彼のイイところを探ってゆく。
「うぁっ……! や、そこ……っ!」
「ここ、ですか……」
 ひときわ反応のいい場所をさぐりあて、古泉はそこを指でたぐった。たちまちそれは立ち上がり、存在を主張する。彼は体をのけぞらせ、足を突っ張らせて喉を鳴らした。
「こいず、みっ……! はやく……!」
「何をですか……?」
 意地悪く、そう尋ねてみる。赤く染まった目じりに涙をにじませて、思ったとおり彼はキッと古泉をにらみつける。だが布越しにそれにくちづけ熱い息を吹きかけると、彼は息を飲んでシーツをきつく握り締めた。どうやら限界が近いらしい。
「や……、こ……いずみ……! 頼む……から……」
 待ちきれない、と催促する声にぞくりと身のうちを震わせて、古泉はささやいた。
「了解、しました……」
 パジャマと下着を一気に取り去り、すっかり形を変えて涙をしたたらせているそれを口に含む。舌と唇でさっきさぐりあてた場所を中心に責めると、彼はもう声を殺すこともできなくなった。
「は……あ……ああっ……! いや……ああ……っ」
 扇情的な声を上げながら、彼は古泉の髪をつかんで身悶える。熱く湿ったものに包みこまれ、執拗に刺激をくりかえされた彼はもうはじける寸前だった。
 やがて痙攣が激しくなり、声も息すらも止めたあと、彼はとうとう頂点に達した。泣きそうな声を上げ、がくがくと全身を震わせて彼が放ったものをすべて飲み干してから、古泉はぐったりと枕に突っ伏し肩で息をしている彼のこめかみにくちづけた。
「いかがでしたか?」
「……聞くのか……」
 上気した顔に汗をにじませ、にらみつけてくる。照れ隠しに違いないそれに微笑みで応えてから、古泉はもう一度汗ばんだ額に唇を寄せた。キョンはそこに腕を伸ばし、古泉の後頭部を抱え込む。
「人を弄びやがって……ほんと、イイ性格だなお前って」
 悪態をつきながらも目蓋を閉じ、キスを求めてくる。古泉はあわててそれを押しとどめようとした。怪訝な顔をするキョンに、口元を押さえて見せる。
「いやあの……今、あなたのを飲んだばかりなので……」
 直後にキスするのは気分が悪かろうと思ったのだ。だが彼は思いっきり眉をしかめ、ぐいと髪をひっぱって古泉の唇を奪った。
「……ばーか」
 そのまま首に手をまわされて、今度は逆に押し倒される。小さく音を立てながら、ついばむようなキスが、何度も古泉の唇に繰り返された。
「こんなときまで、遠慮してんな。……お前も、気持ちよくならないとダメだろうが」
 きょとんとしていた古泉の顔に、ちょっと困ったような笑みが浮かんだ。
「あ、はい……」
 そのまま手をつかんで引くと、キョンの体が覆いかぶさってきた。古泉はまた彼にくちづけ、舌と舌をからめあった。鼻から目蓋へ、額、耳へと舌を這わせる。彼はくすぐったそうに身をすくめていたが、舌が首筋を通って胸へ腹へと降りていくうちに、息はまた熱く荒くなり、唇からはかすかな声がもれはじめる。古泉の胸にあたる彼自身もまた、変化をみせていた。
 頃合を見て、古泉は指を彼の双丘の間にもぐりこませた。息を飲むキョンをなだめるようにくちづけを繰り返し、耳たぶへの甘噛みで気をそらしつつ、そこを少しづつほぐしていく。
「だいじょうぶですか……?」
 何が、とは言わなかったが、彼は察しているようだった。ん……と小さくうなずいて、おとなしくされるがままになっている。古泉は彼の体を抱きしめ、最奥にあてがった自分をじわりと侵入させた。
「うあ……っ……」
「力を抜いてください……もう……ちょっと……です」
 声も出せないでいる体を、さらに強く抱きしめる。緊張をほぐすように、唇に、額に、口付ける。
「キツイですか……」
「へ……いき……」
 深く深く、奥まで体をつなげて、彼の熱を感じ取る。信じられないほど、気持ちよかった。荒くなっていた息がようやく整ってきたころ、そろそろと古泉は動き出した。苦しげに眉をよせてもらしていた彼の声が、やがて官能に濡れはじめる。
「あ……ふ……なんか……へん……」
 ベッドがきしむ音をあげた。動くたびに、背中にまわされた彼の手がとまどうようにさまよう。その手がぐっと古泉を抱きしめたと思うと、彼の息が荒く激しさを増した。
「あ……はっ……こい……ずみっ……! なんか俺……また……っ!」
 荒い息の下から彼が、切羽詰った声を上げた。どこか甘さを含んだ苦しげな声で、許しを乞うかのように古泉の名を呼ぶ。
「こいずみ……も……う……!」
「いい……ですよ……いくらでも……」
 彼の腕に力がこもる。吐息に混じっていた声が艶を含んで高くなり、それはやがて泣き声に近い響きになった。
「や……ダメだ……俺っ……もうイク……っ」
 何度も何度も、焦がれるように、祈るように名を呼ばれ、そのたびに昂ぶりは増していく。
もうこのまま死んでもかまわない。そんな思いが脳裏をよぎる。
 やがて彼は、高く声をあげながら絶頂を迎えた。そして彼が放ったものが腹の上を白く汚したとき、古泉もまたそのときを迎える。すさまじいほどの快感が、身を貫いた。おかげで抜くタイミングをあやまって、すべてを彼の中へと出してしまった。
「うあ……あつ……い……」
「あっ……すみませ……」
 あわてて自身を引き抜くと、ベッドに仰向けに身を投げ出した彼の中からドロリと白いものが流れてくる。上気した顔で肩で息をしつつ、キョンはそれを手でぬぐって微笑んだ。
「気持ち……よかった、みたいだな、お前も……」
 そんなものをまじまじと見られては、さすがに恥ずかしい。古泉は急いで枕もとのティッシュを取って彼の手を拭きながら、下を向いたままうなずいた。
「えっと……はい、とっても……」
「よかった」
 そう言ってキョンは、古泉の手をひいて、もう1度、唇にキスをした。行為の余韻が残る汗ばんだ体が触れて、古泉はそれを抱きしめる。彼は逆らうこともなく、自分を抱く腕に身をあずけた。
「僕の存在を、感じていただけましたか」
「ああ……。お前の体は、あったかいな……」
 満足そうに目を細めるキョンの顔を、古泉はなぜか悲しげに見つめている。
「あなたも、あたたかいですね。なんでだろう……」
「……え?」
 ふと目をあけて見上げてくる瞳に、微笑んでみせる。
 そして彼を抱いた手にちょっと力をこめ、古泉は耳もとに唇をよせてささやいた。
「それで……あなたは一体、誰なんですか?」


「……何言ってんだ、古泉」
 困ったような表情で、キョンは……そう呼ばれている少年にそっくりな誰かは苦笑した。ボタンの取れた白いパジャマの上だけをひっかけた姿のまま、すっとその体が離れる。ベッドサイドの照明を背にしたせいで、表情が逆光の中に沈んだ。
「俺は、俺だろ?」
「違いますよ。あなたは、彼ではない」
 その体を抱きながら、頭のすみの冷静な部分はわかっていた。どう考えてもこれは、本物の彼ではない。あるはずがないと。
「酷いな……孤島の合宿のとき、告白してくれたろ? ずっと考えてて……やっとお前を受け入れる決心をしたっていうのに……」
 胸の奥がずきりと痛んだ。
 これは願望だ。自分の、決してかなうことのない願い。
 それがわかっていたから、葛藤した。
 この夢を受け入れたあとに、どれほどの喪失感にさいなまれることになるのか……それに自分が耐えられるか、自信がなかった。でも……。
(弱いな……僕は)
 麻薬のような夢に、手をだしてしまった。うたかたの幻と承知しつつ。
「……本物の彼は……僕を受け入れたりしませんよ」
 苦く微笑んで、古泉は言った。
 とたんに彼は……偽者のキョンはベッドから飛び降り、身を翻してドアへと走っていった。なんとなく予感がしたので、古泉は脱ぎ散らかしたTシャツとイージーパンツを素早く身につけてから、彼が飛び出して行ったドアへと駆け寄り勢いよく開く。
 思ったとおり、メンバー全員が同時にドアを開け、呆然とした顔を並べていた。もちろん、古泉の隣の部屋からは、本物のキョンがTシャツとイージーパンツのままで姿を現した。
「キョン、さっきまであたしの部屋にいな……かったわよねえ」
 涼宮ハルヒが、不審な顔でそうつぶやいた。当の本人は一通り女性陣の顔を見渡し、やがて古泉の方に視線を向ける。じくじくした心臓の痛みを押さえながら、古泉は平然とした表情をとりつくろって鼻先をかいた。
「……これはこれは」
 何がこれはこれは、だ。バカじゃないか。自分で自分にそう突っ込みながら、それでも顔だけはにこやかに、自分のところに彼が来たと説明するハルヒと怪訝な顔でそれを聞くキョンのもとに近づいた。
「僕と同じですね」
 自分で自分の傷を広げ、わざとかきむしっている。わかっていながら、古泉は彼の側に寄り、さっきまで自分の下で快感に身悶えていた体を……それとよく似た体を眺め回した。
「僕の部屋にもあなたが現れました。見かけはあなたそのものでしたが、ちょっとふるまいがね、気味が悪かったと申しますか……」
 ――そう。あなたが、あんなことをするはずがない。
「まあ、あなたがやりそうにないことを、ね」
 ――決して、してくれるはずがないことを。
「してくれましたよ……」

                                                   END
(2009.10.09 up)

ニセモノでもいいのかお前。
と突っ込まずにはいられない、雪山ネタ。
誰もが一度は考えるネタだけど、まぁお約束ということで。

えろいのが書きたかったんだけど、当時は二人の両思いが考えられなかったので、とりあえず練習として書いてみた。
両片想い状態が好きだったんです。